2008/09/30 Tue

ラミレス選手に教えられる

報道ステーションをたまたま見ていたら、巨人のラミレス選手のミニ特集をやっていた。よかった。ちょっと感動した。自分に足りないものを自覚した。

外国人選手であるにもかかわらず、優勝するために巨人軍に欠けているものを埋めるべく自分がリーダーとなり有言実行。選手にアドバイスすることはもちろん、監督にも改善点を伝えるなど積極的に行動し、チームメートからも親しまれ、尊敬されている。

ラミレス選手は幼少の頃の恩師に「相手に尊敬の念をはらえ。そうすれば相手も尊敬の念を返してくれる。それがリーダーになる唯一の道だ」というような主旨のことを言われたそうだ。また、コメンテーターの長嶋一茂氏が言っていたけど、ラミレス選手は実力が認められている今でも毎日の練習では監督の前で猛アピールしているという。

一茂氏は「貪欲さがすごい」というようなことを言っていたが、私が思うにラミレス選手は、確かに自分のためなのかもしれないが、リーダーとして身を持って示しているような気がする。

このラミレス選手の特集を見て、最近、自分の精神がいかに堕落しているか気づかされた。このトシになると適性云々は関係なく、リーダーの役目を期待され、負わされている、年下の社員との関係に悩んでいる。私とて幸せに生きたいので、与えられた任務を遂行すべく、リーダーとしてどうあるべきかを少しぐらいは考えて仕事をしているつもりだけれど、全くなっていなかった。

まず、相手を尊敬しているか。まあ尊敬といういうよりは、相手を認めているか。最近はこのことの重要性に気づいて頑張っているつもりではあるが、成果は出ていない。仕事に関して、積極的なコミュニケーションを疎かにしていたからだろう。「人は人、自分は自分」と自分を傷つけないようにするため、自分の殻に閉じこもる傾向があった。

そして毎日、貪欲にアピールしているか。実績のある選手が監督の目につくようにアピールするというと日本人的にはちょっといやらしい感じがするけど、そうではなくてラミレス選手には慢心がなく、チームの優勝を考えているように思える。

普通に考えればラミレス選手ほどの実力者が監督にアピールする必要はないことは誰でもわかる。監督の前ということは他の選手の前ということでもある。実績のある主力選手が毎日一生懸命練習する姿を見て、何かを感じる若い選手は多いだろう。私でも「こりゃ、やべっ」くらいことは思いそうだ。

そしてこの、今でも毎日、猛アピールするということにこそ、ショックを受けた。私はこの1〜2年くらい「もうかなり会社に貢献してきたから、少しくらい自分の我を通してもいいだろう」とか、「自分は特別だからこのくらいことは許されるだろう」という極めて不遜な気持ちを持つことがあった。しかし、そういう気持ちを持った自分を全く愛することができない。そういう自分は相手どころか、自分自身に尊敬の念をはらっていないではないか。

自分を愛せない、尊敬できない人が、リーダーになんてなれるわけがない。今の地位に私がいることは年下の社員はもちろん、何より私自身が極めて不幸だということになる。これではイカン。これからはラミレス選手をみて、戒めとしよう。
タグ: 日記 反省
posted by K2 at 23:58 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/29 Mon

労働後に1人で飲むビールが続くと…

つい1〜2年前までは夜までダラダラと働く、というより会社にいることができたのだけれど、最近、午後7時くらいになると帰りたくなる。お腹がすくのが一番の理由だけど、この仕事が大変だ、という緊張感が欠けているからだろう。

それに疲れがたまっていない段階で、集中して仕事をするようになった気がする。今日も夕方までに、急ぎの仕事は片付いてしまった。先のことを考えると、やっておいた方が後が楽というような仕事もあるが、切羽詰っていないので、ヤル気がでず、無理矢理会社にいても効率が悪い。だからサッサと帰るというパターンになる。

以前なら早く帰る人を見て「ヒマでいいなぁ」と思っていたけど、今度は自分がそう見られる立場になってしまった。まあ、今の立場から言えば、遅くまで仕事をしている人は、本当に忙しいという人もいることはいるけれども、いつも遅くまで残っている人の場合、仕事が面白いのだろう。何事も面白いことは時間が経つのも早い。

一方、早く帰ったからといって、必ずしも楽しいことをしているわけではない。私の場合、「今日は集中して働いた」と思った日は、特にビールとか飲んで気分を解放したくなる誘惑に負け、時間をムダにしている。お酒を飲むことは楽しいかもしれないけど、自分の意思で好きなことをしているというよりは、アルコールの成分によって飲みたくなっているだけのような気がする。

酒量が減ったので二日酔いになることはないのだけれど、せっかくの時間はボンヤリしたままつぶれてしまう。朝の電車の中では「こんな面白い本をずっと読んでいたい」と思っていても、家に帰ってビールを飲んだ瞬間からどうでもよくなる。

まっ、酒を飲んで時間をつぶすから本を読みたくなるのかもしれないので、何とも言えない。しかし、誰ともコミュニケーションすることなく、ただ酔っ払っているというのは、やはり薬物中毒の状態とあんまり変わらない気もする。最近、ちょっとアンニュイな気分なのは1人でビールを飲んでいる日が大半だからかもしれない。
タグ:日記
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/28 Sun

娘の用事のお付き合い

1日中、娘の用事のお付き合い。午前中は矯正歯科の検診。30分待って、診察は5分。あまりおいしくない外食後、午後は新宿伊勢丹で靴を3足購入。ここのシューフィッターに見てもらわないと、靴づれがひどいという妻の妄想により、伊勢丹に来るのは娘の靴だけのためだけ。1時間かけて靴を選び、帰宅後マズイ外食して、1日終了。

新宿伊勢丹の最寄駅である新宿三丁目までは従来は表参道、赤坂見附の2駅乗換えだったけど、地下鉄副都心線が開通したおかけで、乗り換えが渋谷の1駅だけになり便利になった。これならちょくちょく行ってもよさそうと思うけど、本来わが家が行くようなデパートではない。それにしてもすごい人気だよね、あの店舗だけ。

話は変わるが、夜中に「ボキャ天」特番のビデオを見たけど、面白かった。昔、よく見ていたので懐かしい。レギュラー番組として復活したら、ビデオにとって見てしまいそう。しかし、こういうのが懐かしくなるトシになってしまったね。
タグ: 日記
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/27 Sat

本棚、発注

全体的にイマイチな日。会社でちょこっと仕事をした後、家で餃子とビールでバタンキュー。餃子を食べ過ぎて、せっかくのダイエットが…。ビールをやめないとどうしようもないかも。ヨシ明日は飲まないぞ…と気の弱い決意をしてみる。

ところで今日、通販生活の本棚を発注した。私が本をたくさん買うので、リビングの棚が片付かない状態に妻の我慢が限界に達し、物置代わりに使っている部屋を片付けるから、本棚を買って欲しいという。

これは嬉しい。リビングの棚には本を積んでいたので、探すのが大変だった。気が変わらないうちに、と思い即座に発注。ただ、大きい本棚を今の部屋に入れることができるかどうか心配。タンスを入れるときは廊下が狭く、入り口から入らなかったので、窓から入れたし。

まぁ、万が一入らなかったらリビングにでも置いてもらうか。妻が買うといったのだから、文句を言われることもないだろう。早く届いて欲しい。
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/27 Sat

『寂聴 般若心経』

瀬戸内寂聴(著)
★★★★  人生訓として十分面白い

(2008/2/19)

寂聴 般若心経―生きるとは (中公文庫)
著名な瀬戸内寂聴先生の般若心経の法話をまとめた本。般若心経の説明もさることながら、ありがたい人生訓として面白く読める。入門書として誰でもとっつきやすい。

自己愛(渇愛)を滅し、何ものにも囚われない自由自在な心を獲得することで幸せになることを目指すというのが教えの中心ではないか、と思う。しかし、悟ることなど到底できそうもない中途半端な人間である私がいきなりそうした境地を目指そうとすると無理が生じて、かえってよくない精神状態になってしまう。

普通の人がどうしたら幸せに生きることができる可能性があるかについて、うまく語ってくれている。ちょっとぐらい怒ってもいいけど、それは今日のうちに片付けて持ち越さなければいい、とか言われると少しは楽になる。

<何でもものごとは、真実を知ったほうがいいんです。ごまかされるより、真実を知ったほうがいい。真実を知って、なおかつその真実の苦しい人生を生きていくのがいいんです。 それは真実というものは、必ずしも美しくありません。それは、人間が凡夫だから。人間が無明を抱えているからです。心に闇があるから、人間のすることは、ろくでもないことが多いのです。でもそれが人間なんです。われわれは人間として生まれてしまったんですから。それならば生きている間、人間として、人間の世界で、そういう清濁合わせ呑んで生きていくよりしょうがないでしょう。わかりますか>とか<私たちは真実を、それがいかに辛くとも、いかに残酷であろうとも、やっぱり真実として受け止めなきゃいけないんですね。それしてそれを受け止めた上で、そこからもう一度生き直す。そうすれば生きる勇気も沸いてくると思います>とか言われると引き込まれてしまう。

ところでこの文章。<とにかく煩悩を消し、抜苦する――苦しみから抜けるには、どうしたらいいか。「われわれが執着するものは、無であるのだけから、そんなにジタバタ執着しなさんな」ということです。ですから、亭主が浮気して、よその女に引っ掛かって帰ってこない。「こんちくしょう。どっちを殺してやろうか」って気になるけど、これは仮の世の中で、あの女もない、亭主もない、私もないんだと思えば、「お芋でも食べて寝よう」ということになるんです(笑)。カッカしたって、しょうがないじゃないか。そういうことですね。>(タイトル「五 諸法は空想なり」より)

この文を読み返して、最近読んだ内田樹先生の『こんな日本でよかったね』の「未来とは他者である」というタイトルの文(2006年1月1日の記事)をはたと思い出した。ここで内田先生は<古来、この「日常への帰還」の肝要であることを多くの哲学者が力説してきたが、残念ながら、これをまじめに受け取る読者の数は決して多くない。 私が先賢に代わってきっぱり申し上げるが、終わりなき哲学的考究に哲学者たちが勤しんできたのは、「もういいや、ラーメンでも食おう」というひとことに千鈞の重みを与えるためなのである>と言っている。

煩悩を消すことと哲学的考究では質が違うかもしれないが、結論が同じというところがいいじゃないの。実は煩悩を消すことと哲学的考究は同じようなことのような気がしているけれど。

また内田先生は<「ははは、2006年の正月にはずいぶん気楽なことを考えていたものじゃ」という「想像的に先取りされた60歳のウチダ」の視座は「未来の他者性」をなんとか現在に繰り込むための「方便」であるが、それがもたらす現実的効果は大変リアルである。 それは、(略)この「判で押したような正月風景」の「かげかえのなさ」が痛切に、涙がでるほどありがたく身に沁みるということなのである>という。

これって、寂聴先生の<すべてのものは移ろう。こころも移ろう。今「愛しているわ」なんて思っても、そんなのはもたない。カッカするのは一年、ちょっともちがよくて二年、三年も経てばもう惰性しかない(笑)。また、今どんなに若く美しい娘でも、やはり必ず年をとってしわくちゃのお婆さんになります。そして行きつく果ては、死です。皆平等に死んでゆく>という文に通じるところがある気がするけど、気のせいだろうか…。
タグ:書評
posted by K2 at 01:57 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/26 Fri

ちょっと幸せな気持ち

昨日の出張の移動で疲れたことに加え、ビールの飲みすぎのせいかダルイ。頭が働かない。もうちょっと仕事を頑張らなくてはならなかったのだが、仕方なく早めに帰ることにした。

いくら弁当帰りに立ち寄ったスーパーで北海道の物産展ぽいことをやっていた。お菓子とか野菜とかを売っていたのだけれど、惣菜コーナーに空弁の「いくら弁当」が…。しかも、1380円が680円になっていて残り2つ。即座に買い物かごに入れた。

家で食べるとやっぱりおいしい。いくらの味が違う。とはいえ1380円なら間違いなくスルーするけど、680円なら幸せ。よけいにおいしく感じる。

まごころづつみ食後のデザートに昨日買ってきた「まごころづつみ」を食べてみる。これもおいしい。生地は卵の味がしっかりわかり、さくさくのクッキーの甘みとジャムの酸味が程よく、よくできているって感じがする。一番人気というだけのことはある。今度広島空港に行ったら、また買ってしまうかも。
タグ:日記 お土産
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/25 Thu

福山出張

広島県の福山市に出張。広島となると反射的に飛行機を選択するのだが、これが予想以上にきつかった。新幹線で新横浜から福山まで3時間24分。羽田空港から広島空港までは1時間25分だけど、広島空港から福山駅までバスで1時間。自宅から羽田空港までバスで1時間強。しかも飛行機は往復とも30分以上遅れてクタクタ。これなら新幹線のほうがはるかによかったかもしれない。

新幹線の問題は乗車時間が長い場合に気分転換できる施設がないこと。ちょっと席を立ちたくなるような車両を作ってくれれば良いのに。食堂車は長居する人がいるから、スタバみたいなコーヒースタンドとかがいいなぁ。効率化ばかり追求していると人もモノのように見えてくるような気がする。

まごころづつみ 売り場ところで、広島空港の手荷物検査場通過後のANAの売店で「大手門」という和菓子屋さんの「まごころづつみ」という商品を見つけた。本店のほかはここしか買えないというので、思わず買ってしまった。こういう惹句に弱いねぇ。味はどうだろうか?
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/24 Wed

苦手な人

トシをとってしまったため、否が応でも部下なる人を指導しなければならない。実態は指導というよりも、限りある人的資源をいかにうまく活用して仕事をこなしていくかということであって、成長するかどうかは本人次第なのだろうけど、私にとってはこれが結構面倒くさい。

これまでも何人か年下の人と一緒に働いてきたけれど、私の場合、いわゆる「生意気」な人の方が好みで、反対に「従順」な人は苦手だとわかってきた。生意気な人ははっきり主張してくるので、何を考えているのかがわかりやすい。だからこちらも対処方法を考えやすい。だから生意気の人の場合「嫌い」になることはあっても「苦手」と感じることはあまりない。

従順な人は腹が立たない半面、何を考えているのかわからないから苦手。どこまで踏み込んで話をしていいのか、恐る恐る距離感をはかってしまう。生意気な人なら叱りつけても問題ないと思うところを、従順な人の場合下手に踏み込んだ話をしすぎて、突然怒り出したらどうしようとか思ってしまう。

また、従順な人はせっかくの良い頭を使うことを惜しんでいるように見える。私の言うことはきちんと従ってくれるのだが、はっきりいって面倒くさい。箸の上げ下ろしのようなことまで、いちいち細かく指示しないと、うまくいかない。言うことは聞くけど質問もしてこないので、わからなくてもいいかげんに作業してしまう。結果、唖然とするような失敗が多い。わからなかったら普通聞くよなあ、みたいな。

人は機械でないから思い通りにはならないのだけれど、私は面倒くさがりなので「人は機械でないから、自分で考えて適当に処理してくれるだろう」と勝手に期待してしまう。だから機械のように従順な人と接すると、面倒くさくなり苦手意識を抱いてしまう。

たまたまだけど最近、従順な人と接する機会が多い。こういう人は内容はともかくとしても言われたことを淡々とこなすことを自分の価値観の最優先にすえているように見える。最近ガキンチョで仕事はできないくせに自己主張は一人前という(かつての私のような)タイプが多いのかと思ったけど、どうも違うらしい。

内田樹先生が言うように「不愉快なことに耐えることが仕事」だと思っているのかもしれない。そう考えると、超一流大学を出て私などよりも仕事の選択の幅が広そうな人が、妙に従順なことが不思議ではなくなる。彼らにしてみたら、私の言うことを我慢して従うことで給料をもらっているという感覚なのかもしれない。

きっと、我慢することに比べ給料少ないと自分の尺度で感じると会社を辞める動機が強くなるのだろう。こういう人は理不尽なことに対する耐性が乏しいに違いない。まあ、超一流大学を出ていれば会社を転々としても何とかなるという幻想を抱けるから、大人しく言うことを聞く戦略をとれるのだろう。一方、しがみつくしかない私の場合、何とかして今の組織の状況を良くする以外の戦略はない。

私自身はあれこれ考えずに、言いたいことを言うのが精神衛生上良いことはよくわかっている。ただし、残された仕事は自己責任で何とかしないといけなくなる。まぁ、ここでは面倒くさがらず「俺がやるから辞めてもいいよ」の姿勢で臨むという、「生意気な人」に対するのと同じ方針を貫くのが良いのかもしれない。そのほうが幸せそうだ。
タグ:日記
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/23 Tue

金魚がピンチかも

飼いはじめてから4年目になろうとしている金魚2匹のうち、ペットショップで購入した方の1匹(もう1匹はお祭りの金魚すくいですくった金魚)がピンチかもしれない。

口を水面に向け、垂直にプカプカ浮いている状態が続いている。過去、転覆病のような状態があったのだけれど、それとも違う状態。2〜3週間前から体に、模様ではなく血がにじんでいるように見えるような斑点が目立ち始めたと思ったら、今日は尾びれの付け根付近がかなり赤く染まっていて、明らかに異常な雰囲気だ。

素人目に見て、もう長くは生きれないような状態になってしまった。もともと金魚すくいをして、飼いたいという娘の意向を汲んで飼い始めた金魚だったけど、この3年間、毎週欠かさず水を交換してきた身としては、苦痛からの解放に向けての前進という意味で、少しホッとする気持ちが大きいのだけれど、一方で心配、もの悲しいという気持ちもある。

何かを失うときの喪失感の程度は、その何かを自我の支えにしている程度によって決まるのだろうけど、私が世話をしなかったら早々に死んでしまう金魚の存在は「金魚の世話をする自分」として、僅かながらも私の自我の支えになっていたのかもしれない。

ただ、何かを失うことに伴う悲しいという気持ちの強弱は、単に自我の支えにしている程度だけでなく、そのために伴う苦痛の程度との差によって決まると思う。飼い始める前に「私は絶対に世話をしない」と宣言し、自動エサやり機の調整ミスで水がにごった際に1度だけしか水を換えたことのない妻は、単純に「かわいそう」という気持ちが私よりも強いようだ。おもちゃと同じ「モノ」として欲しがり、私との約束で水換えの手伝いを渋々していた娘はモノの故障くらいにしか思っていないように見える。

娘の教育にいいかも、などと安易に考え飼うことを了承してしまった金魚。他の人はお祭りのときにすくった金魚をどうしているのだろう。私の家の周辺には川らしいものはないけど、どっかの側溝にでも流しているのだろうか。我が家の場合、金魚を飼い始めてから金魚すくいをしたことがない。私は娘が自分で責任を持って金魚の世話をしない限り、金魚すくいをさせるつつもりはない。やはり、愛着よりも苦痛のほうが大きいから。
タグ:日記 金魚
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/23 Tue

『反哲学入門』

木田元(著)
★★    大学の講義のようで…

(2008/2/8)

反哲学入門
タイトルにつられて買ってしまった本。哲学について歴史的背景を踏まえ講義のように語られており素人には興味深い内容だが、決して面白いわけではない。木田先生について何も知らずに手にしたが、現象学がご専門らしい。

筆者によれば哲学とは<それら(引用者注:人生観とか世界観とか宗教思想)の材料を組み込む特定の思想様式>といい、<それは「ありとしあらゆるもの(存在するものの全体)がなにか」と問うて答えるような思想様式、しかもその際、なんらかの超自然的原理を設定し、それを参照にしながら、存在するものの全体を見るようなかなり特定の思想様式だといって言いい>とのこと。

そして本書ではこうした思想様式の始祖であるソクラテス、プラトンから始まって、デカルト、カント、ヘーゲルの紹介の後、ニーチェによる「反哲学」の誕生へと続く。そして<ハイデガーをはじめとする20世紀前半の思想家たちは、多少なりともニーチェの「哲学批判」つまり「反哲学」の影響下にものを考えはじめ、いわば哲学の、さらにはそれを軸とする西洋文化形成の脱中心化にとりかか>ると述べた後、ハイデガーの思想についての解説で終了。

<「哲学」の原点になる「超自然的原理」が徹底して自然のなかでものを考えるわれわれ日本人にとっては理解不可能なものであること、こういったところから、「哲学」はわれわれ日本人にとって縁遠いものだった>といい、日本人は哲学なんてわからなくて当たり前という立場。最近の思想の中心が「反哲学」だとすると、日本人はそんなことはとっくの昔に知っていたんだよ、というようにも読める。誇りを取り戻したい日本人にピッタリと、先生はともかく、出版社が考えてもおかしくない。

内容は勉強にはなると思うが、あまり記憶に引っかかっていない。歴史を追いながらの解説はまあ良いのだけれど、「力の意思」や「存在と時間」の構想がどうで、どう思想展開しようとしているのか、なんて話に私は全く興味がない。ご本人や研究家仲間は面白くてたまらないのだろうけど…。この本を読んでから、木田先生の本を何冊か買ったけれど、まだ1冊も読了していない。途中で疲れてしまったから…。そのうち読めるときが来るだろう、きっと。
タグ:書評
posted by K2 at 02:30 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/23 Tue

『怒らないこと』

アルボムッレ・スマナサーラ(著)
★★    自分には逆効果だった

(2008/2/6)

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書) (サンガ新書)
怒りにポイントを絞った仏教法話。書いている内容は、その通り! ということばかり。怒りをなくすことができたら、どんなに幸せだろう。ヨシ、これからは怒らないぞ、と思って頑張ってみた。日記を振り返ると、2〜3月は頑張っていたが、4月頃から抑制が効かなくなり、5月には結局「怒ること」を気持ちのうえで選択することで、かえって怒らなくなった気がする(もっとも、その後にもいろいろな本を読んで学んだということもあるけど)。

しかし皆が「怒らない」世の中になったらどうなるのだろうか。ちょっとつまらないし、気持ちが悪い気がする。怒りはとりあえず、社会性を損なわない範囲で無理して抑えないほうが良いのではないだろうか。そして怒ったあとに反省し、その結果起きたことを自分で引き受ける強さを身に付けたほうが良いのではないだろうか。

こんなふうに「怒り」について考えさせてくれた点や、自分は聖人君子には絶対になれないということを実感させてくれたという点では読んで意味があったといえる本だった。
タグ:書評
posted by K2 at 01:07 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/22 Mon

ヤバイ、体重が減らない

8月から始めた本気のダイエット。8月は順調に体重が減少したのだけれど、9月に入ってから71キロ台で一進一退の状態。原因は出張や近所の温泉や家族との外出で飲んだビールのせいと思われる。

これはいけないと思い、今日は朝食抜き、昼はベーグル1個にサラダ、夜はおにぎり2個にイカ軟骨、キリンZEROの500ml缶2本。結局アルコールは抜けないのだが、ここしばらくの油断した食事に比べればぐっと引き締まっている。

この気持ちを持続して、9月中には待望の70キロ未満に突入したい。突入したら、個人的にとりあえずお祝いをしよう。とりあえず、紅花のココット無料券を消化しないと。もらったのは5月13日。あれからもう4カ月も経過した。時間が経つのは早い。
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/21 Sun

大雨の中、「海ほたる」に出撃

海ほたる妻が学生時代の友人と食事をする約束をしたため、今日は娘と2人で過ごすことになった。昼頃まで、家で体力をもてあました娘の付き合いをして、ぐったりしてきたので、前日から約束していた東京湾アクアラインにある「海ほたる」に出撃することにした。

海ほたるは娘が1歳になる前に連れて行ったことがあるけど、当然、覚えていないので娘は一応、行きたいといっていた。しかし、出撃前からあいにくの豪雨で、一番のウリである景色はまったく見ることができない。それならせめて食事でも、と思っていたのだが、家を出てすぐに娘が「お腹がすいたー」ため、コンビニでパンとおにぎりで済ませてしまった。

高い通行料を支払ったにもかかわらず、早々に妻が友人と会っている「ららぽーと横浜」に行くことに。結局、ここで娘が最近はまっている「流れ鮨」で夕食を済ませて、帰宅。帰宅してお風呂に入るとまたバタンキュー。連日、相当疲れている模様。
タグ:日記
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/20 Sat

家でぐったり

中村屋 インドカリー娘と妻がテレビ局のイベントに参加するため外出したので、一人で家でぐったり。お昼はインスタントラーメン、夕食はレトルトカレーと独身時代を彷彿とされる食事。昨日の疲れからか、ぼんやりテレビを見ながら1日終了。

最近、レトルトカレーもいろいろと種類が増えているけど、今日は中村屋のカレーを食べた。ゴロゴロした根菜がたくさん入っていて、味も本格的。ちょっと飾りつけを工夫すれば、お店で出されてお金を取られてもわからない感じ。最近は何でもすごいねぇ。人間の欲の深さも感じる。

しかし、今日は何故か体がダルイ。今朝も珍しく朝寝坊してしまったし。食後はバタンキューだった。季節の変わり目なのかもしれない。
タグ:カレー 日記
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/19 Fri

いろいろ動いた日

500系出張の日。午前中、名古屋で用事があり午後は大阪で用事。朝早くの新幹線に乗らなければならなかったので、めったに乗る機会のない500系を予約した。カッコイイのに実用性がイマイチなためか、あまり走っていなくて残念だ。そのうち、のぞみから撤退するらしいので、機会があったらまた乗りたい。

ところで肝心の出張は台風が来ていることもあり、早々に用事を済ませて帰宅。途中、台風の影響は全くなく胸をなでおろしたが、結果的には終日、遅れは出なかったようだ。

早めに帰宅できたので、家族と夕食・温泉入浴に行った。夕食は近所のデニーズだった店舗の跡地にできた回転寿司の「すし銚子丸」。最近、川崎・横浜エリアに勢力を拡大しつつある模様。横浜の港北ニュータウンのレッドロブスター店舗跡にも新装開店していたので、居抜き出店が好きなのか? との感想を持つ。

接客はいい感じなのだが、味は値段相応で、あまり特徴がない気がする。寿司はダイエットの天敵なので、目下のところ私の好みの料理ではないということもネガティブに傾きやすい。もともとがデニーズということもあってか、店内もムダな空間があり、薄暗い雰囲気で落ち着かない。我が家の場合、「沼津魚がし鮨」の方をチョイスしてしまうかも。

食後の温泉入浴は「湯けむりの庄」。最近娘が大きなお風呂好きになり、今日で3度目の訪問。「知っている人に会う(見られる)から、行きたくない」と言っていた妻も、この頃は抵抗がなくなってきたようだ。今日は回数券を買ってしまった。

ここの温泉は茶色の源泉で、肌がつるつるするようだ。お風呂ごとに温度がわかるようになっていて親切だし、ぬるめのお風呂はゆっくりつかれるので好き。妻は体に合わないかもと言うのだけれど、多分の気のせいだろう。また、食事が結構おいしい、と推測する。ビールと枝豆などのおつまみしか食べていないが、デザートを食べた妻もナカナカと言っていた。今度はここで、お風呂に入って、食べたい。
タグ:日記 出張
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/18 Thu

リーマン破綻と『こぶとり爺さん』

米投資銀行のリーマン・ブラザーズが破綻した。リーマン破綻自体にあまり興味はないけど、ベアー・スターンズや保険会社のAIGが政府に、メリルリンチがバンク・オブ・アメリカに救済されているのに何故リーマンだけが、という気がしなくもない。

もっともらしい理由はあるのかもしれないけど、その理由にしても多分、あまり大した意味はないだろう。なんてったって人生や世の中は不条理、理不尽にできているからだ。リーマンを救える権力を持っていた人の誰もが、リーマンのことが気に食わなかっただけじゃないだろうか。

こんなことを思ったのは、たまたま最近内田樹著の『寝ながら学べる構造主義 (文春新書)』を読了したから。この本のジャック・ラカンについて解説した章の「3 大人になるということ」という小見出しの文章で、『こぶとり爺さん』の話が紹介されていた。2人の頬に大きなコブを持ったおじいさんがいて、1人のおじいさんが鬼の前で踊ると気に入られてコブを取られてしまい、もう1人のおじいさんが同じように鬼の前で踊ると、こちらは不評でコブを付けられてしまい、結果、両方の頬に大きなコブを持つことになったというお話。

<この物語の教訓は「この不条理な事実そのものをまるごと承認せよ」という命令のうちにこそある>という。<「世界に遅れて到着した」>子どもは<「差別化=差異化=分節がいかなる規準に基づいてなされたのかは、理解を絶しているが、それをまるごと受け入れる他ない」>ということを教わる必要があり、子供の仕事は<この世には理解も共感も絶した「鬼」がいて、世界をあらかじめ差異化しているという「真理」を学習すること>である。なぜならば<それを学び知ったときはじめて、「子ども」はエディプス(引用者注:人間の「社会化」プロセス)を通過して「大人」になるから>という。

つまり「何でリーマンだけ破綻したんだ。おかしいじゃないか」ということではなく、「やっぱり世の中はこわいねぇ、くわばら、くわばら」とか思うことが大人になるということだろうか。ちょっと解釈に自信を持てないが、多分、そういうことかなぁ。まっ「何故だ、何故なんだ」といつまでも恨みがましく考えていても幸せになれないから適当なところでサッサとあきらめて、ほかのことを考えたほうが良いとするのが大人ってものなのだろう。外国の投資銀行の皆さんは超高給取りでお金持ちだから、多分、いつまでも恨みがましく考えたりはしていないだろうけど…。
タグ:
posted by K2 at 23:48 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/17 Wed

会社を辞めた人についての考察

今日は夜の会合で飲んだ。会社の社業以外で飲むことは本当に久しぶり。昔、うちの会社にいて一緒に働いていた人とだけど、この人は私以外にもうちの会社の人とよく飲んでいるようだ。うちの会社のことが好きなんだなぁ、と思う。

この人のことではないけど、会社を辞めた人で辞めたあとに元いた会社の同僚と会って、元の会社の悪口を言う人がいることについて考えてみた。私は会社を辞めた経験がないので何故いつまでも悪口を言うのか、その気持ちがよくわからない。辞める人はその会社がイヤだからというのが動機のひとつになりうると思うけど、新しい職場で幸せならば、前いた会社のことなんて、どうでもいいじゃないのかと思う。

想像するに、辞めた会社の悪口をいつまでも言う人は今の職場でも満足していないのだろう。元の同僚にあって会社の状況が昔と変わっていないことを確認し、相変わらずひどい会社だ、今の会社のほうがましだ、やっぱり辞めて正解だった、と納得したいに違いない。きっとそうに違いない。

もしそうだとすれば、自分の気持ちを慰めたいのはわかるけど、こういう人は自分の勤めている会社の悪口を別の会社の人に言われることが不愉快だという人がいることを理解していないんだろうね、きっと。会社の悪口は同じ職場で働いている人だからこそ、共感を持って共有できるのだと思うのだけれども。

多くの人は自分の国や住んでいる地域、家族、持ち物などに愛着が抱くと思う。そういうものが自我の支えになっているのだから、外部から否定されると腹立たしい気持ちになるんだろうね、きっと。まともで、ためになると感じるような悪口ならいいけど、自分の自我を安定させるために他の何かを貶めるような悪口を聞くと、どんなに巧妙に話したとしてもわかってしまうんだよね。もし会社を辞めたら気をつけよう。
タグ:日記
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/16 Tue

異常に眠い

週初は大体調子が出ないのだけど、今日は特にひどかった。昨日の娘の発表会で空いた時間中、うろうろと歩き回ったことで疲労が蓄積した。さらに今朝、田園都市線が7時台のトラブルで大混雑し、振り替え輸送の溝の口駅にたどりつくのに、スシ詰めの車内で30分くらい我慢しなければならなかったことが追い討ちをかけたのかも。

会社でも全く調子が出ない。集中力が出てこない。早々に退社したが、帰りの電車も眠くて本を読む気力が出てこない。家でビール・発泡酒を3本飲むと、バタンキューな状態に。

急ぎの仕事が当面なくなり、心にスキができているのかもしれない。緊張し続けている状態というのも良くないけど、一気に弛緩してしまうのも危険。ちょうどいい状態に保つことは無理なのかも知れないけど、こうした調子の波の変動を緩和する方法はないものだろうか。

タグ:日記
posted by K2 at 23:59 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/15 Mon

賞をとることより力を出し切ることの方が重要、だと思う

横浜で娘の発表会があった。合奏コンクールなのだけどレベルが高く、初めて参加する娘の団体が入賞できる可能性はあまりない。しかし、事情をしらない娘は、自分達がコンクールに選抜されたことだけで最優秀だと思い、優勝する気になっていた。

結果は当然のことながら優勝どころか、入賞もしなかった。娘は本当に悔しかったようだ。終わってからずっとメソメソして機嫌が悪かった。しかし、指導している先生や普段演奏を聞いているお母さんたちからの評判は良かった。練習のときより合っていて、きれいに聞こえたらしい。

お風呂に一緒に入った時、慰めてみた。「今日の演奏は良かった。いつもより息があっていたと皆がほめていた。大事なのは実力を出し切ることで、結果は二の次。水泳の北島選手は200メートルの平泳ぎで金メダルを取ったけど、あんまり嬉しそうに見えなかったのは、自分の実力を出し切れていないと感じたからだろう。結果が出ることにこしたことはないが、結果よりも自分達の実力を発揮することの方が大事だ。今日は今まで一番いい演奏ができたのだから、本当に良かった」というようなことを言ってみる。

すると娘が「今日は(演奏を)あわせようと思って、●●ちゃんのことをチラチラ見たんだ」と言う。偉い! 成長に感動した! 今までは自分が間違いなく演奏できればそれでヨシという感じだったけど、練習で余裕が出てきたせいか、周りとあわせるということを覚えたようだ。子どもは知らないうちに成長しているものだ。

この点を大げさに褒めてやると、娘も嬉しかった様子。小さな子どもでも自分の成長を実感できると嬉しいらしい。今日の感動はこれからの過酷な人生もうまいことやっていくうえで、役に立つのではないかと思う。

ところで話は全く関係ないが、昨日3店探して空振りだった「ポケットモンスター・プラチナ」が横浜のポケモンセンターであっさり売っていた…。なんてことだ…。おかしいよね世の中。人生は理不尽。頑張ってくれ、娘。
タグ:日記
posted by K2 at 23:30 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/09/14 Sun

ポケットモンスター・プラチナと食事のこと

昨日、ニンテンドーDS用ゲームの「ポケットモンスター・プラチナ」が発売したようだ。娘が欲しいというので、買ってあげることにしたのだが、教育上の理由もあり9月いっぱい毎朝、新聞を取ってきたら、10月初めにあげるという条件をつけた。従って、すぐ買う必要はないのだが、テレビ番組「ポケモンサンデー」とか見ていると、当然のごとくプラチナ特集を組んでおり、否が応でも欲しくなるらしい。10月初めまで自分の手に入らないとしても、家に現物があり確かにもらえる状態であることを確認できないと心配らしい。

まぁその気持ちもわからなくないから、とりあえずトイザらスに買いに行くことにした。すると予想外の完売で、娘はメソメソ泣き出してしまった。その後、家電量販店や大手スーパーをはしごするも、いずれも完売。甘かった。ゲームソフトはDS本体と違い、いくらでもコピーしてすぐできるから売り切れなんてことはないと思っていた。ポケモン人気、恐るべし。

ネットでは早速、定価より高いプレミアム付きの値段で販売されている。10月までには店頭在庫も潤うだろうが、せっかちな娘の気を和らげるためには購入を確定しておきたいと思い、午後8時頃ネットで検索すると運良く低下以下の価格で販売している大手量販店を発見。早速ポチして購入を確定した。ラッキーだった。その量販店もポチの作業している間にもバンバン売れていたようで、最初見たとき26個あった在庫が20分くらいでなくなってしまった。やっぱり凄いよ、ポケモン。世界でも大人気だし、こうなったら日本の失った誇りはポケモンに取り戻してもらうしかない気がする。

さて全く関係ないけど、今日の食事は麺ばかりだった。朝は家でざるうどん、昼は鎌倉パスタで激辛ペペロンチーノ、夜はこのところ毎週行っているららぽーと横浜で山形の「板そば」を食べた。

いちらく 板そば「板そば」は以前、虎ノ門にある「出羽香庵」で食べて好印象だった。それにダイエットを考えると、そばにビールが黄金の組み合わせ、のように思える。ららぽーとの板そばは山形の温泉旅館の経営する「湯坊いちらく」という名前のお店。そばは太麺と細麺と選べるのだが、山形そばって、太くてコシが強いのが特徴じゃなかったっけ? とちょっと疑問に思う。

食べてみると、むぅ…。甘めのタレは山形そばだが、コシが…。板にのった麺もスカスカで、ちょっとひもじい感じ。板そばに「おすすめマーク」はついていなかったから、このお店のデフォルトは板そばではないのかも。そばそのものよりも、具材の味で勝負しているのかもしれない。残念。

聖桜坊(セントチェリー)ところで、このお店が提供しているさくらんぼのビール「セントチェリー」を飲んでみた。1本800円で板そば(900円)とあまり変わらないお値段。名前の通りさくらんぼの甘みが強くビールじゃないみたい。食前酒とかに良さそうで、カップルとかにはお勧めかも。お店のお兄さんも「グラスはいくついりますか」と聞いてきたし、乾杯用に飲むのかもしれない。しかし、ここはフードコートなんだよね。かなりミスマッチのような気がする。

posted by K2 at 23:59 | Comment(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。