2008/08/31 Sun

セミはかわいそうか?

多分今日、あるテレビ番組で「成虫では1週間しか生きれないセミは、地中にいる幼虫では5〜7年生きる。昆虫は多くは1年しか生きないので、結構長生き」という主旨のようなことを言っていた。これを聞いて、この間の会社の会合で「この夏、孵化のために出てきた幼虫を何匹も助けてあげた。だってセミは土の中から出てきて1週間しか生きられないんだよ。かわいそうじゃないか」と言っていた人のことを思い出した。

その人は私と同い年くらいなのだが、その発言を聞いたとき「いい歳して随分と自分中心の見方をする人だなぁ」と思った記憶がある。セミは人間と違うから、何かの理由で1週間しか生きられないのだろう。テレビ番組によれば成虫になるのは繁殖するためらしいから、多分の繁殖にものすごいエネルギーを使うためじゃないのか。生き物を助けるのは悪いことではないけど、その理由がちと引っかかる。

この人はきっと世間的にはイイ人に違いない。友達も多いに違いない。そして、私の苦手なタイプに違いない。自分が良いと思ったことは、相手の事情を考えずに勧めてくるに違いない。一般的な規範を当然だと思っているに違いない。間違っていたら謝ります。
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2008/08/31 Sun

『楽しい古事記』

阿刀田高(著)
★★★★   いつもありがとうございます

(2008/1/30)

楽しい古事記 (角川文庫)
阿刀田先生の古典読解シリーズはいつもありがたい。絶対読まないであろう原典を簡単に、何となく、わかった気にさせてくれる手法は見事。日本神話を排除した戦後教育で育った身としては読んでおいたほうが良いことは間違いないありがたい本。

筆者はこの手の本を書く際に、現地に取材旅行に行っているのだけれど、古事記は日本国内なので、私にも敷居が低い。この本で得た知識をもとに旅行してみるのも悪くない。

古事記自体は解説にもあったけど、「殺して歌って交わって」の物語である。単純で退屈。解説の小説家、出久根達郎氏によれば<ぴりぴりしている現代にこそ、読むべき古典ではあるまいか>というが、これはどうかなあ。最近の現代はかなり退屈な気もするけど。
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2008/08/31 Sun

『実存からの冒険』

西研(著)
★★★   ニーチェの章は面白い

(2008/1/24)

実存からの冒険 (ちくま学芸文庫)
西 研
筑摩書房
売り上げランキング: 214922
竹田青嗣氏の友達である筆者もまた、竹田氏同様、積極的でイイ人そうな感じ、あるいはそういう人を目指している感じがする。筆者はバブル期(単行本の初版は1989年11月)の学生について、<(筆者の時代の学生に比べて)ただ、決定的に違うのは、資本制のような共通の原因によってみんなが苦しんでいるのだ、という感覚はどこからもやってことないこということである。そこでは、私の苦しさはたんに私の苦しさであり、「なぜか私は不器用で人と関係が取れない」ということだけなのだ。そしてもちろん、そこから解放される(であろう)道すじもまた用意されてはいない>とみており、<<そこにもう一度道すじをつくることはできないか>。ぼくがこの本で考えてみたいのはそういうことだ。少なくとも、思いにかたちを与えることはできるんじゃないか>というのが、この本の狙いのようだ。

かつてマルクス主義は「社会変革」という道すじを与え、挫折した。マルクス主義を批判する「ポスト・モダン」思想も不十分。むしろ、フッサールからハイデガーに至る現象学=「実存」論とそれにつながっているニーチェを読んで解説し、自分の考えも述べたい、というのが、本書の内容。

で、読んでみた感想は、ニーチェの章は本人の経験と重ねて論じているところがナカナカ面白い。ハイデガーの章はわかりやすさに腐心していることは伝わってくるのだけれど、解説感が強く、内容は面白みに欠ける。筆者の意見の章は私なりに極めて単純に要約すると「まず自分のやりたいことを深く了解し、次にそういう人達同士、認め合いながらコミュニケーションすることが幸せである」ということであり、確かにそうだなぁ、と思う半面、そんなことができるくらいなら苦労しないよなあ、わざわざこんな本を読む気にならないよなあ、と思った。

最後の結論に到達するためにニーチェとかハイデガーとかの考えを使わなくてもいいのではないだろうか。もともと哲学に大した興味があるわけでなく、単に苦しみから解放されたい一心で哲学の解説書を読んでいる身としては、最近、この手の本を読むことの限界を感じてきている。こういう本は筆者の実体験とか、社会で起きていることを具体的に引用しつつ解説してくれないと、腑に落ちないし、いつまでも心に残らないと思った。その点でニーチェの章はまずまずだろう。
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2008/08/30 Sat

本気のダイエット30日目−−72キロを下回る

本気にダイエットから30日目の朝の計測。71.90キロと72キロ台を下回った。8月1日時点から見て、8キロ近く落ちた計算。まあ、もともと計測し始めた時が一時的にお腹が膨れていたという事情もあるのだけれど。

この間、アルコールは全面禁止ではなかったけど、メチャクチャに飲むことはなかった。食事はかなり控えたかも。朝は抜き、昼と夜はスーパーかコンビニのお弁当やサンドイッチ、サラダで軽く済ますということが多かった。

食事制限は慣れてくると気にならないものの、飲食店での食事が楽しくなくなる。体重を減らすことが最優先なので、味わう気持ちを抑圧している気がする。下手に食べることに楽しみを見出すと、果てしなく食べてしまう気がする。ダイエットとグルメは基本的には両立しないと、肌で感じる。早くこの苦しみから解放されたい。
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2008/08/29 Fri

やっぱり買ってしまった

昨日、無性に欲しくなってしまったソニーの「DSC-T700」。今日、ソニープラザで現物を見たうえで、ソニースタイルで注文してしまった。ショッピングパレット経由した買い物によるソニーポイントとか、カードのポイント、クーポンなどでまあまあ安くなったのだが、それでも3万台中頃の値段と決して安くはない。

まっ、自分のためのモノって、メガネとかケータイとかサイフくらいしか買っていないので、家族もヨシとしてくれるだろう、多分。服はユニクロだし、大丈夫だよね。

ところで色はグレーに決めた。ネットでお店の人が書いている評価ではゴールドがイイとのことだけど、これは男女を問わず誰にでも問題なく売れそうな色ゆえのセールストークだと判断した。グレーだと男性専用だろうし。

まぁゴールドより圧倒的にグレーに軍配というわけでもなかったのだけれど、ゴールドを買う人の方が多そうということと、グレーは光の加減で青っぽくも見えたりするので(気のせいかも)、いろいろな色に見えるほうが何か得した気分という貧乏くさい理由。

これで形は整った(現物の到着はまだだけど)。あとは撮るだけ、と言いつつできない類似例をこれまで何度も見てきた気がするが…。
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2008/08/28 Thu

まずは形から

安定しているが退屈な日常を少しでも変えようといろいろ考えてみるが、次々に挫折。毎日何かを写真に撮ることを心がければ視点が変わるかも、と思いソニー製のサイバーショット携帯を買ってみたものの、毎日写真撮ることが続かない。

自分の意思が弱いことが一番の理由だけど、言い訳をすれば携帯電話のカメラ機能にも問題があると思う。持ち歩けるのは良いのだけれど、まず起動が遅い。カメラのスイッチを入れてから5秒くらいといえども、何かひらめいたとき、すぐ撮りたいと思うとすごく遅く感じる。起動しているうちにイライラして落ち着かず、気持ちよくない。

次に、シャッター音を消すことができない。シャッター音は気軽に撮影することにとってかなり高いハードルになる。飲み物についている景品をちょっと撮りたいなあと思っても、恥ずかしくて撮る気にならない。隠し撮りなど防犯対策のためらしいが、音を消すことができるコンパクトデジカメでもかなり小さいサイズが出回っている状況で意味があるのだろうか。

結果として、携帯電話のカメラで撮影することは、私にとってかなり覚悟を必要とすることであり、気軽に、日常生活でサクサク写真を撮るという道具にはなり得ていない。

そういう状況で急速に気になっているのがソニーの「DSC-T700」。いまどきのデジカメしては、機能は普通なのだろうけど、このサイズとデザインは魅力的。「いつも持ち歩きたくなる」というのがこのカメラの最大の価値だろう。さすがソニー。アルバムを持ち歩くというコンセプトもいい。撮った写真を眺めるのに面倒くさいとなればカメラで撮ろうという気をそぐだろうし。

もう完全に欲しくなってきた。とりあえず形から入って、モノが何か変えてくれるかもしれないという、甘い幻想がたまらん。後は色をどうするかだが、グレーかゴールドかなぁ。明日、ソニープラザで見て決めることにしよう。
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2008/08/27 Wed

反面教師の歌

名古屋に日帰り出張だったが、午後6時前に新横浜に到着することができたので、家族に迎えに来てもらい、新横浜で食事。駅ビルのお店で蕎麦とわらび餅を食べて帰宅。

帰路の車中で、娘が購入したアラジンという芸能人6人組みの「陽は、また昇る」という歌を何度も聞き、歌った。娘と一緒に盛り上がるのはいいのだけれど、初めて聞いたときから感じていたことだが、この歌は絶望的な歌だ。

この歌によると今の日本のサラリーマンは、誇りを失い、元気がなく、このまま行くと終わってしまうことが確実(何が終わるかはよくわからないが)。そのようなことを全く考えていなかった私としては、とんだ不意打ちを食らったようで、ちょっとビックリ。無知蒙昧な私のようなサラリーマンに現実を突きつけ目覚めて欲しいというのが、この歌の主旨なのかもしれない。

でも、頑張るため、誇りを取り戻すため、元気を出すために何をするのかといえば、実用品を発明すること。亀の子タワシを考えたから、頑張れるはずだとは…。何をどう頑張ればいいのか、さっぱりわからん。文系のマルドメで、大多数の中に埋もれている自分には全くもって救いがない。

目標もみつけられず漫然と生きていることが、サラリーマンである私の終わってしまいそうなところなのかもしれないが、この歌を聞いて何かがわかるわけでもなく、単に「あ〜ぁ」という気持ちになるだけ。

この歌を喜んで聞いて、歌っている娘は知らず知らずのうちに、日本のサラリーマンって情けない生き物だと思うことだろう。まっ、子どもがそう思って、自分達が頑張ると奮起してくれればそれでいいか。反面教師の歌ですな。
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2008/08/26 Tue

モヤモヤ感がスッキリした文章

相変わらず、岸田秀にはまっている。『心はなぜ苦しむのか (朝日文庫)』を読み終え、今読んでいるのは『幻想に生きる親子たち (文春文庫)』。この本の『「不安」の効用について』という文章を読んで、ハッとした。モヤモヤとしていた今の自分の気持ちがスッキリした。
人生には、つねづね不安で、ときおり歓びがある時間と、安定しているが、退屈でつまらない時間とのいずれかしかないように思われる。歓びに溢れた安定した時間なるものは存在しない。この二つの時間は疑いの余地なく二者択一である。生きる歓びに満ちた時間をもとうと思えば安定はあきらめなければならず、安定した時間をもとうと思えば虚しさと退屈をがまんしなければならない。たとえば、死の不安から逃亡すれば、ひからびた日常生活しか待っていない理由もここにある。

<「憂」があるから「喜」がある>のである。<不安の消滅は歓びの消滅なのである>。今の自分は仕事で不安はないものの、何となくつまらない感じがしていた理由が良くわかった。若い頃は仕事ができないことを不安に思い、それができると成長した感じがして嬉しかった。仕事に慣れると自ら不安を求めなければ歓びは味わいにくくなる。自ら挑戦し続けなければ人生の歓びは味わえない、ということは人生の真実のひとつ、のような気がする。

どちらの人生が良い悪いの問題ではなく、この真実を了解したうえで、自分がどちらを選択したいかだが、果たしてどちらだろう…。いずれにしても、お陰様で、仕事が忙しくて何となくイライラしたり、ひがみ根性から他人に怒りを感じたり、ヒマなときに何となく寂しくなったりすることは、今後あまりなさそうな気がする。
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2008/08/25 Mon

自分の限界か…

人は自分の鏡。特に家族、娘と妻はそうなのだろう。家族に腹が立つということは、自分がそれだけの人間なのだろう。そう思うとそうかもしれないと思う。

この感じの原因を良く考えてみると、妻が娘を支配しようとし、娘もすっかり支配されているように見えることに原因があるのかもしれない。家庭の中の疎外感。私と娘が対立し、妻が偉そうに娘の肩を持ち、慰めつつ、私のことを貶める。まぁ、自分も妻に同じようなことをしているのだろう。

考えて時間が経って怒りがおさまると自分の限界を深く感じ、物悲しい気持ちになる。私が勝手に安らぎの場であることを求めている家庭は「砂漠の蜃気楼」であり、それに気づいたとき誰かに甘えるな! と叱られているようだ。こんな状態を克服できるのだろか? 心配。
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2008/08/24 Sun

やっぱり読書感想文を書いていた

今日も休日出勤して、9時頃帰宅。すると、やっぱり読書感想文を書いていた。明日から学校が始まるというのに。今日、本を読んで、今日書いているという。妻は「(娘が)自分からやりたいと言った」というが、娘にしてみれば、母親の暗黙のプレッシャーを受け、さも自発的にやっているかのようにしているだけなのは明白。母親のエゴに何故か私の方が頭にきてしまった。

結局午後11時頃までかかって仕上げたみたいだが、何の意味があるのだろうか。達成感があったとか、根性が少しは養われたとかいうようなことはあるかもしれないが、やらなくてもいい宿題をギリギリになってやる必要がどこにあるのだろう。考えてみれば去年もそうだったが、母親のエゴに付き合わされる娘はたまったものじゃない。

つくづく子どもは母親と一体なんだなぁと感じる。私が何を言っても無意味。娘は母親に従う以外にないということがわかっているらしい。何となく寂しさを感じる今日この頃。
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2008/08/23 Sat

花火大会?

午前中から午後4時頃まで休日出勤し、夕方は、昨年も行った義理の父の勤め先での花火大会にかこつけたパーティーに参加する。花火は遠くで見づらく、しかも今日はあいにくの雨。しかし、この会合はそんなことは関係ないようだ。ヤキソバとかギョーザとかから揚げとかが食べ放題で、缶ビールも飲み放題。持ち帰りもOK、しかもディズニーチケットなどが当たる抽選会もある。

参加費はいくらか払っているのだろうけど、父が出してくれたので、我が家はタダ。久しぶりに缶ビールを3本も飲んでしまった。しかも2本お持ち帰り。嬉しいのだけれど、減量中だからなあ。早くダイエットを終了したいものだのう。
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2008/08/22 Fri

気乗りのしない飲み会

会社の部の飲み会。気乗りしない。会社の人と話すことって、あんまりないし。まったく乗り気なし、と思っていたけど、人の家庭のグチを聞くのは比較的面白い。自分だけじゃないんだ、とちょっと安心する。真面目そうな人が意外に変で、恐妻家だったりするのは、それ自体は面白くていいのだけれど、上司だとするとちょっと困ったもんだ。優柔不断な態度は家庭での劣勢が背景なのでは、と考えてしまう。

お勤めを終えて社に戻ると、また飲みのお誘いが。断ろうと思ったが、ちょっと断れない人もメンバーに加わっていたので、仕方なく1時間だけ行くことになった。やっぱり、気乗りしない。さっき以上につまらない。そもそも自分から話したい人ではないのに、何故かまとわりつかれて、うっとうしい。仕事が忙しいのに、ヤレヤレだ。
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2008/08/21 Thu

読書感想文について

夏休みもあとわずか。この辺では今週いっぱいで夏休みが終了するという。しかし、この期に及んで、妻が娘に本を買い与え、読書感想文を書かせるという。宿題では読書感想文、工作、自由研究のうち一つやればよいと言われているようだが、何故か欲をかいた妻が工作を仕上げた娘に読書感想文も書かせたいようだ。しかも、私がしぶしぶ面倒を見た昨年の感想文を指し「去年みたいに、ただあらすじを書いて、感想を付け加えるだけではダメ」と偉そうに言うじゃないの。

なんか本末転倒じゃないの? 妻からは娘が本を読んで感動するよりも、テクニックとしていい読書感想文を書かせたいような感じを受ける。それとも、読書感想文を書こうとすると、自然に本を読んで感動すると思っているのだろうか。

休み中に本を読んだ娘が、たまたま感動する本に出会い、自分から感想文を書きたいというのなら是非書いてもらいたいが、今頃になって課題図書みたいな本を買い与え、無理矢理読書感想文を書かせて何になるのだろう。ダメもとで本を与えるのは良いが、書くことを強制すべきじゃないだろう。

大体、何かに悩みを抱えていなければ、本を読んで感動するなんてことはあまりないのではないか。去年から毎月何冊か本を読むようになった私も子ども頃は全く本を読まなかった。本を読んでも面白くなかったから。そもそも本を読む必要を見出せなかった。

本当に必要なら放っていても自分で読むようになるだろう。そもそも妻は全く本を読まない。本を読まない親の子どもが本を読むようになるわけがないじゃないのか。妻は自分自身が本を読まないから、無理矢理読書感想文を書くことがどういうことか、についてよく考えず、「本を読むこと、読書感想文を書くことは知的で良いことだ」くらいに考えているのではないだろうか。

どうしても書かせるというのならば、娘は正直な感想文を書けばよいと思う。こういう内容の本でした、自分にはあまり面白くありませんでした、と。斎藤美奈子によれば読書感想文で評価されるパターンって本を読んで「自分が変わった」感が必要なんでしょ。なんだかなぁ。低学年には必要ないような気がするよ。単に面白い、面白くないで十分じゃないの。過酷な人生はまだ先なのだから。
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2008/08/20 Wed

不機嫌

5時30分起きの出張だというのに、午前1時30分頃、妻に起こされた。ゴキブリが出たので退治してほしいという。激怒したのは言うまでもない。

高松での出張では不満なし。というか、久しぶりに贅沢を体験。昼食は先方のご馳走で、雰囲気のいいお店で讃岐うどんを食べた。夕食はANAのプレミアムシートのお弁当。イヤー、普通席がなくて本当に困ったなぁ。

と出張はよかったけど、家に帰ると、ディズニーシーに遊びに行っていた娘と妻がご帰還。あらかじめメールで「娘のお世話はお任せする」と告げたにもかかわらず、風呂の世話をしろという。ムッとしたのは言うまでもない。

私も含め、人間は自分のことしか考えないことを改めて実感。夜中に起こして悪かった、とか、自分は遊んできたのに仕事で疲れているなんて悪いなぁ、とかいう気持ちは、一瞬はあっても持続しないものらしい。そういう人を引き寄せてしまうのは自分がそういう人だから、なのだろうから、仕方ないけど…。でも不機嫌。
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2008/08/19 Tue

夏休みでヒコーキの席が…

明日、高松市に出張なのだけれどもスケジュールを見たら、予約していた東京への帰りの便では間に合いそうもない。これはヤバイ。同行するヤツが「1本前の便で大丈夫だから」なんて言うので、信じたのがいけなかった。

そこで、最終便に予約しなおそうとすると、ななな、なんとANAの普通席はなく、プレミアムシートが1席しか残っていない。これはシメタ、じゃなかった、困った。でも仕方がないのでプレミアムシートを予約した。

さすが夏休み。そう思って、2カ月前から予約していたのだけれど、急な予定変更じゃあ仕方ないよなぁ。イヤー、困った、困った。明日は5時30分に起きないと間に合わないので、今日は早く寝ることにしよう。
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2008/08/18 Mon

近所の入浴施設に行く

予定していた新幹線に乗り遅れそうになるくらい、あわただしかった出張の帰りに、夏休み中で退屈な娘と妻が新横浜駅に迎えに来てくれた。従って、新横浜駅で夕食をとり帰宅。

帰宅途中、何気なく「温泉に入りたいなぁ」とつぶやいたら、娘が乗り気になってしまった。近所に入浴施設がいくつかあるが、知り合いに会うと恥ずかしいという妻も多数決におされ、家族でその入浴施設に行くことになった。

平日の夜だけど、結構、人がいるもんだねぇ。銭湯ならこうはいかないのだろうけど、温泉気分が味わえ、施設が充実している入浴施設の人気は高い模様。ちょっとした非日常を手軽に味わいたいという需要が大きいのかもしれないね。そうじゃないと、同じような施設が車で苦にならない範囲にいくつもできるとは思えないし。

でもこういう施設もいずれ慣れて、飽きられてしまうのだろうなぁ。そうしたらどうするんだろう。やっぱりレジャー産業って大変だね。
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2008/08/17 Sun

娘の発表会

娘の発表会を鑑賞。この習い事の発表会は今回で3回目。間違いなく無難にできていたけど、ちょっと固かったかな。でも頑張っていたから無条件にほめてあげ、「本を読むときと同じように、気持ちを込めると上手になるよ」とか、適当なことを言ってみる。

娘の習い事は私個人には縁のなさそうなことなのだけれど、何かをきっかけに、いろいろなことに興味を広げてみることはいいかもしれない。未知なることは退屈な安定を刺激してくれる。

まぁ無理にでもそのように考えでもしないと、「自分が何をしたいのかよくわからない」とか言っているうちに人生が終わってしまいそうな気がする。とりあえず、恥ずかしがらず、何かやってみるといいのかもしれない。子どものころ、思い切ったように…ってそんなことあったかなぁ。
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2008/08/16 Sat

娘がいないので会社に…

娘が発表会の練習で朝から不在。妻と自宅に二人だと、お互いに気詰まりなので、休日に出社して、雑務を片付ける。私もそうだが、妻も私がいると気が抜けないそうで、私の場合は妻が(妻の場合私が)外出すると、ホッとする。夫婦の関係って、こういうものなのかしら?

帰宅した娘を迎えに行き、帰って夕食の用意をしてもらうと、妻が不機嫌になるかも知れないので、そのまま外食。充実感なく1日が終了。<自己表現とか自己実現とか言っても、まったく正反対な二種類のものがある。自我を固める方向のものと、存在全体を表現する方向のものと>と岸田秀は言っているけど、自分が日々、せっせとやっているのは、「自我を固める方向のもの」ばかりのような気がする。妻との軋轢を避けるため、休日会社に行くのは自分の自我を支える家族の崩壊を食い止めたいからだろうし。

同じく岸田秀によれば、<生きる喜びというのは、存在全体の自己表現にある>とすれば、なんとツマラン私の生活。まぁ、要するに、日々刺激がなく、退屈でつまらないという感じから抜け切れないということなのだけど。
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2008/08/16 Sat

頑張れ! 鈴木!

北京オリンピック柔道100キロ級の鈴木桂治選手が14日の試合、1回戦で負けた。国民の期待が大きかっただけに、完敗した本人の心情は察するに忍びない。でもこれからだ。これからが本番だ。これからどういう人生を歩むのか、それによって鈴木選手は多くの人を勇気づけることができると思う。

水泳・平泳ぎの北島康介選手は確かに凄い。でも凄すぎる。ああいう超人は本当にごく一握りだ。最高の結果で、みんなにスゲーと思われたまま選手生活を終えることができる人はほとんどいない。当然私もその一人。だから、よく挫折し、大した結果も出せずにうちひしがれ、それを飲み込んで人生をおくっている私にとっては、北島選手よりも鈴木選手の今後の方が気になる。

大きな挫折で崩れた自我をどう再構築していくか。その仕方によっては他人のお手本となり、勇気を与えてくれる。もちろん、鈴木選手が見ず知らずの他人を意識してこれからの人生をおくることはないだろうけど、鈴木選手の今回の挫折は私も含め、多くの人が自分のことのようにして味わっただろう。だからこそ、これからの鈴木選手が気になる。鈴木選手に感情移入した人は鈴木選手が挫折を乗り越えることで、きっと生きる勇気をもらえるはずだから。
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2008/08/15 Fri

終戦記念日に読む

岸田秀著の『古希の雑考―唯幻論で読み解く政治・社会・性 (文春文庫 き 14-9)』を数日前から読んでいるが、今日「屈辱と悲しみからの逃亡」と題する文章を読んで、ハッとした。<敗戦に対する日本人の反応は現実否認、現実逃避、自己欺瞞に尽きる>という書き出しで始まるこの文章は、まるで自分に言われているようだった。

シビレル内容だが書くと長くなるので、自分にとって非常に重要なところだけみると、戦後民主主義教育を受けた私は、日米戦争における敗戦をなんとなく正当化し<この戦争のために命を賭けた、または失った三百万の日本人の思い、怒りと悔しさを無視し、その死を悲しむことを拒絶している>ことに気づいた。

不安定な自我を安定するには過去をしっかりと見つめ、考えなければならない。そうしていないから、<(略)あれこれの重要な問題で決断ができず、いつも迷って先送りばかりしている。あるいは問題から逃げてごまかしている。ふんだんにお金をつかうのだが、人生を楽しんでいるように見えない。日本人自身、何か不満なのだが、何に不満なのか自分でもわからない>という状態から抜け出せない。

<(略)今からでも遅くない、これからの彼らの喪に服する必要がある。彼らの悲しみを悲しむ必要がある。喪の仕事が完了したとき、初めて日本人は、日本と世界について将来の見通しをもつことができ、世界の中に日本を位置づけることができ、自信をもって行動できるようになるであろう>。

自分の自我は日本という国に支えられている、なんて漠然と思っていたけど、全く腑に落ちていないことが良くわかった。与えられた情報を疑うことなく、自ら深く考えることもせず、なんとなく過去を否認し、自己欺瞞に陥っていた。

<過去を現在の自分にあますところなく組み込んでこそ、現在の自分は過去から自由になり、自信をもって未来に向かうことができる>。今日8月15日の終戦記念日にこんな文章を読んだのも何かの因縁だろう。自分がこれからどうしたらいいのかを深く納得するためにも、日米戦争について目をそむけず、しっかり考えなければいけないんだ、と強く思った。
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