2007/11/30 Fri

今後の課題

憂鬱だったスピーチは無難に終了、したと思う。参加者の多くが外国人で、私の話自体に興味はなさそうだったが、内容自体は大きな問題はなかったと思う。要するに聴衆と講演者のミスマッチだろう。コーディネートに問題がある、と思う。

午前中で苦痛から開放され、ヤレヤレと思っていたら、午後、急に仕事が振ってきた。おかけで昼食を食べれなかった。スピーチに備え、朝、早く家を出たので、朝食も食べていない。緊張していたせいで空腹感はあまりない。ダイエットにはいいけど、無理はよくないからなあ。

最近、ちょっと虚しい気分。浮かれていた自分を自己批判し敢えて仕事を避けようとしてからというもの、気分がのらない。おそらく、自ら自分の居場所をなくしてしまったことによる喪失感のせいだろう。

今日は会社のパーティーがあったが、いつものことながら、気乗りしない。合いたくない人と顔を合わせ、「久しぶり」とか言って、したくもない話をしないといけない。そういう状態に耐えられず、食べるものだけ食べて、さっさと帰るのだが、そういう自分も嫌だ。

中島義道先生が言うように「人生とは『理不尽』のひとことに尽きる」とすれば、それを痛感している状態なのかも。目の前に克服するべき物理的な仕事がある状態とは違い、精神の問題だから、乗り越えるのは容易ではない。

この精神状態を乗り越えられるかどうか、乗り越えられなくても苦闘することで、何か納得できることを得られるかが、よく生きるためには是非とも必要な気がする。
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2007/11/29 Thu

やはり、追い込まれないとダメらしい

明日、またもや英語が全く話せないにもかかわらず、外国人向けに通訳を通じたスピーチをしなければならない。非常に憂鬱だ。何故、こんな目に立て続けにあわなければならないのだろう。

とはいえ、切羽詰った緊張感のおかけで、今日は比較的集中して仕事ができた。アドレナリンが出ているような気分になった。やはり追い込まれないとダメな性格のようだ。

どんな環境でも、いつでも、自分の好きなときに、この緊張感を持てるようになれないものだろうか。そうすれば相当、いろいろなことができそうな気がするのだが。

さしあたり、本当にやりたくないこと以外、いろいろとやってみるということが良いのかもしれない。そういえば、最近、何かと面倒くさくなり、好奇心を持つことを忘れていた気がする。今回の緊張感をバネにいろいろと体験してみたい気がする。
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2007/11/28 Wed

夜更かし読書で眠い

午前3時ごろまで中島(義道)本を読んで、夜更かししてしまい、眠い。こんな状態で予定をこなしていたら、あっという間に午後6時。時間が経つのは早い。人生は短い。

このところ、人と接する機会が多い。全く社交的ではない自分にとっては完全に修行。眠かったり、体調が悪かったりすると、親しくない人と話すのは本当に苦痛だ。これも修行と思ってこなすしかないだろうか。今後も見知らぬ人と接する機会が多いけど、根性のない自分がこの苦行を乗り切れるか心配だ。

人生、漫然と生きてはいけないと思いつつ、今日は特に何もなかった。眠いと考えることも億劫になる。こういうときは早く寝るに限る、と思う。
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2007/11/27 Tue

眼鏡、新調

新しい眼鏡を受け取ってきた。これがまるでオーダーメードのようにぴったりフィットする。さすが手作り高級フレーム。レンズもコーティングしてあるので、長持ちすることを期待。値段が分不相応に高いので、長持ちしてくれないと困るという事情もある。

新品の眼鏡に変えたのだが、前の眼鏡と全く同じなので、誰も気づかない。妻にも聞いたが全くわからない。この結果、レンズに経年劣化の擦り傷があっても、誰も気にしていないことが判明。まあ、私の顔を観察するような物好きはいないだろうから、当たり前なのだが。

近視が進行し、前のレンズでは見えにくく感じていた。それがちょっとしたストレスだったが、新しい眼鏡ではっきり見える。古い方のフレームも十分現役なので、しばらくしたら、レンズを交換しようと思うのだが、お金が…。しかし、お金は生きているうちにつかわないとなぁ。
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2007/11/27 Tue

「自由とは何か」

大屋雄裕(著)
★★    結果責任!

(2007/10/10)

自由とは何か―監視社会と「個人」の消滅 (ちくま新書 680)
「法哲学」(<哲学の道具立てを使って、法・政治の仕組みを分析する学問>)を専攻する大学の若い先生が、<「自由な個人」すなわち我々の法・政治・社会システムの前提となっている近代的自我のあり方と価値とをもう一度問い直す>目的で書いた本。なんだか良くわからないが、<我々に快適さを提供することによって「客体」として対象化しようとする善意のシステムに対抗するためにはどうすればよいのか、あるいはそもそもそれらは抵抗しなければならない対象なのか。こういった問題について、「自由」とそれを行使する「個人」とはどのような存在かという視点から検討することを通じ、自発的に責任を引き受けることによって生まれる「自由な個人」という、近代的自我の新たな捉え方を示したい>とのこと。やっぱり良くわからない…。

私なりに要約すると、徹底した監視などによって、あらかじめ罪を犯すことのできないようにしておく社会が良いか、ある程度自由に行動して罪を犯した場合に、責任をとる社会が良いかについて、さまざまな事例と文献の引用を並べ、考えていく、という内容。筆者の文章を初めて読んだ私には、筆者が何を言わんとするのかを理解するまでに時間がかかったが、どうやら後者らしい。<個々人が自己の行為の結果を引き受けるという前提においてさまざまな試行が放任される社会、個々人が自由な主体であり、自らの運命を選択しているという信念を中核においた社会の方が、まだ機能する可能性が高いのではないだろうか>と述べているので。

両論併記で進んでいき、最後のほう自分の意見を明確にするスタイルの文章は読んでいて疲れる。筆者はわかりやすく書いたつもりかもしれないが、文章が硬く、教科書的な印象。<この本を読んで「法哲学」という分野に関心を持ってくれた方がもしいたら、…>というが、私はあまり関心を持てなかった。自由とか考えるのに、わざわざ「法」でなくても良いのではないか、というのが率直な感想。

どうせならもっと卑近な例をもっと盛り込んで、「法哲学」して欲しかった。例えば「痴漢冤罪」なども取り上げて欲しかった。この場合、「結果責任」ではなく、痴漢ができないようにしてもらう方が良いと思う。もっとも、結果責任が悪いのではなく、今の司法制度の問題なのかも知れないけど。生活実感に踏み込んでこないと、せっかくの高邁なご指摘も「学者先生のご意見」で片付けられてしまうような気が…。
タグ: 書評
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2007/11/26 Mon

体調のせい?

減量しようとビールを飲まないかわりに、水を飲みすぎたせいだろうか。お腹の調子が非常に悪い。今日から「喪の精神」で仕事に取り組もうと思っていたが、出足からつまづく。社外で勉強会があったが、せっかくの機会を生かすことができなかった。

今日の不始末を体調のせいにして自分を慰めたが、自分はマメでなく、人に気をつかって適当な話をするのが苦手。人脈作りとかきわめて面倒くさく感じる。仕事と割り切ればできないことではないが、苦痛なことだから、気分が乗らないとできない。

ただ、初めて会う人と話すことは面白い。いろいろな価値観を聞くこと自体には興味がある。人生についての考えが深まりそうだから。そういう観点で勇気を奮い立たせて、機会はものにしていきたいと思った。

「喪の精神」といっても体調が万全でないと、自分を追い込めないし、よく考えることもできない。健康が一番大事だ。もっとも、本当に好きなことなら、体調が万全でなくてもできそうな気がするので、修行が足りないだけかもしれない 。
タグ:反省
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2007/11/25 Sun

昭和記念公園

昭和記念公園有給休暇を追加し、4連休の最終日。天気がいいので、昭和記念公園に行くことにした。お目手当てはサイクリング(娘)と銀杏並木の見物(妻)。昭和記念公園に行くのは、娘が幼稚園に入園する前に2回行っただけだから、4年ぶりくらい。

過去、車で行き、帰りに府中競馬場終了後の人ごみで大渋滞に巻き込まれた記憶があったので、電車で行くことにした。乗り換えが2回あるが、1時間程度で行ける。電車なら遅くに出ても渋滞を気にする必要がない。娘も十分我慢できる年齢になったので、車よりも精神衛生上、良い。

レンタルサイクルは、子ども用の自転車が少ないためか、行列だったが、二人乗りと2子ども用20インチならすぐに乗れるというので、迷わずお願いした。

サイクリングコースは非常に良かった。サイクリングコースも十分楽しめる距離があり、起伏もそれほどきつくない。景色もいいから、何度でも走りたくなる。この頃、自転車を自由に乗れるようになってきた娘は大喜び。両親は途中で止まって風景を眺めたいのだが、自転車に乗りたい娘に「早く行こう」とせかされる。

それでもサイクリングの合間に見た銀杏並木とか、日本庭園の紅葉とかは、思わず「オーッ」と言ってしまうくらい感動的。紅葉を見たというのも何年ぶりという感じ。連休中ということもありたくさんの人が来園しているのだが、ものすごく広いので、ごみごみした感じがない。通勤時間とそれほど変わらないところに、こんないいところがあったなんて、行かないのはもったいない。これからは何度も行くことにしよう。

サイクリング後、ペダルボートにも乗った。自転車こぎ運動をこんなにしたのも久しぶり。十分満足した休日だったけど、明日以降の筋肉痛が心配。
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2007/11/24 Sat

喪の精神

自分にかけていたものがわかった。「喪の精神(喪主の精神)」だ。これはオタクで作家の本田透氏と堀田純司氏の共著「自殺するなら、引きこもれ 問題だらけの学校から身を守る法」での本田氏の言葉。<ハングリーであること、死を覚悟すること、そのような態度>のこと。<自らの精神にこのような負荷をかけることで、自己の内面から想像力や創造性が湧き上がってくるわけです>という。

本田氏は米アップル社の創業者、スティーブ・ジョブズ氏の例を引いている。ジョブズ氏は「今日が人生最後の日だと思って生きる」というモットーがあるという。以下引用。

 さまざまなしがらみや苦悩や恐怖は、最後には死によって必ず終わる。その「事実」を、普通の人間は認識したがりません。死から目をそらすのです。その囚われ画ドグマとなって、人の精神を縛る。なのでジョブズは「今日で僕は死ぬが、それでは今日やる予定の事柄を自分は本当にやりたいと思っているのだろうか」と毎朝鏡に向かって自問自答するそうです。
 毎日毎朝、鏡との対話を通して「死」に直面するという形で、一度外界から自分の精神を切り離してリセットしているわけです。

本文ではこの後に、「喪の精神」の話が出てくるのだが、自分に足りないのはこれだ、と気づいたような気がした。

なんとなく不安で休日出勤しても身が入らず、ダラダラ過ごして意味なく終了。休んだら休んだで、計画性がないからダラダラ過ごして終了。会社でも追い込まれるまで集中力が出ず、成果がほとんどなく1日が終わる。

目的もなく、過ごす時間も必要だろうが、何かの不安を解消するため、時間をいたずらに使っている。こういうことは「死」を直視しないところからきているのだ、と痛感した。

「いずれは死ぬのだから、死ぬことをきちんと認識して、生きている間によく生きたい」などと、頭では考えていたが、行動が全く伴っていなかった。「喪の精神」によって<自らの精神に負荷をかけることで>良かったと言える人生にしないとどうしようもない、と思った。死の不安を紛らわすためだけに、時間をつぶすようなことは厳に戒めるべきだ。

ここ数日のデジカメ写真の自分の姿を見たら、「喪の精神」とは程遠い、きわめて醜いデブな男がいた。またダイエットを真剣に取り組もう、と思ったのだが、「喪の精神」を知って、その気持ちは揺るぎのないものになった、ような気がする。そう思うと不思議と、あまり食べていないはずなのにお腹が空かない。自分も毎朝、鏡を見て自問することで、「喪の精神」を忘れないようにしよう。
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2007/11/23 Fri

シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル

シェラトンホテル ツリー昨日、ディズニーシーのパスポートを購入したのだが、前日からセキをしていた娘が「胸が痛い」と言い出し、中止。シェラトンでゆっくり朝食を食べ、過ごしてから帰ることにした。

シェラトンに宿泊したのは割安なプランがあったため。3人で1万円を切る設定は魅力的。22日の周辺ホテルのプランでは最安値だった、と思う。さすがに経年劣化している感じは否めないが、設備やサービスに不満はない。

ディズニーリゾート周辺のホテルでは「ミラコスタ」以外泊まったことのある妻もこのホテルが気に入っている模様。特に、今回宿泊した家族連れ向きの「オーシャンドリームルーム」とか遊戯施設がある「オアシス」など、小さい子ども連れの家族には良いホテルだろう。パークで1日中遊ぶ分には遊戯施設などはなくても問題はないが、未就学児で、パークで1日中過ごすのはつらい子ども連れにはありがたいはずだ。

ディズニーシーは断念したが、せっかくなので「オアシス」に行ってみることにした。子どもが体を動かせる「キッズランド」があるのだが、その前にゲームセンターの「ナムコランド」で遊ぶことにした。妻はゲーム嫌いなのだが、ホテルの優待券でコインを10枚もらえることもあって、妻にしては珍しくOKした。

しかし、このコインゲームで大当たりしてしまい、コインを使い切るために長時間遊んでいると妻が怒り出してしまった。ヤレヤレ。夫婦といえども人付き合いが難しいのは相変わらずだ。こんな両親を見て、娘は表面上はあっけらかんとしているのだが、本心ではどう思っていることやら。

とはいえ、施設が悪いわけではない。ゲームコーナーは空いていて快適。ディズニーランド、ディズニーシーの両パークとも入場制限になるくらい混雑していたから、当たり前なのだが。まあ、普通はこんなところで昼間にゲームをしている方がおかしいのだろう。とはいえ、パークが満員でガッカリしている人々は、モノレールに乗ってきてみてもいいかもしれない施設、のような気がするけど。
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2007/11/22 Thu

連休前のディズニーランド

ディズニーランド ツリー3連休前のディズニーランドに遊びに行く。しかもシェラトンホテルでの宿泊付き。前回、ディズニーランドを満喫したことに味をしめて、何の根拠もないが、今回も極めて楽観的な気持ちで、準備、心構えすることなく出かけた。が、これが甘かった。

出だしからつまづく。7時30分に車で出発したのだが、渋滞でホテルに入ったのが9時30分。そこでチェックインの手続きなどダラダラしているうちに時間が経ち、ディズニーランドに入園したのが10時30分。「バス・ライトイヤー」のアトラクションのファストパスはすでに夜7時くらいになっており、ショー付きのレストランは予約でいっぱい(ホテルに泊まると事前に予約ができることを知らなかった)。娘が乗りたいと楽しみにしていた「スプラッシュマウンテン」はお休み。「ビッグサンダーマウンテン」は2時30分からのファストパスがあったので、それを確保する。

その後、ウエストリバー鉄道→昼食(カレー)→ミニー・オー!ミニー→ビッグサンダーマウンテン→カリブの海賊→イッツ・ア・スモールワールド→夕食(ラーメン)→エレクトリカルパレード、で終了。妻はその後のシンデレラ城前のショーと花火を見たかったらしいが、「ホテルに帰りたい」という娘(と私)に押し切られ、泣く泣くホテルに。

しかし平日にもかかわらず、予想以上に混雑していた。自分も含め、世の中暇な人が多いものだと思う。こういう混雑する日はアトラクション目当てではなく、ショーと雰囲気を楽しむものと割り切るようにしたほうがよさそうだ。

また、ものすごく寒かったので、夜はつらかった。妻は寒さに備え、「ユニクロで丈の長いダウンジャケットが欲しい」と言って購入した。私のダウンもユニクロで購入。私は常々、ユニクロは“人民服”だと思っている。私はあまり気にならないが、妻は「あの人、そうだ。あれもユニクロだ」とか大騒ぎして、挙句の果てに「買わなければ良かった〜」と泣き言。人は自分で経験したことでないと理解できないものだ。
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2007/11/21 Wed

考えることの気持ち良さを体感

10月29日にある上司に心底やる気をなくすことを言われ、それ以降、その上司と積極的に距離をおくとともに、その上司が熱を上げている仕事について、主体的に関与することをやめた(本当に熱を上げているのは社長であり、上司は社長のご機嫌を気にしているだけ)。

自分が主体的にその仕事にかかわっているときは一種の陶酔状態であり、気持ちが良かった。だから、会社のためとかなんとか言って、自分のいやらしさを誤魔化しながら、主体的にかかわっていきたいと思っていた。しかし、いざ仕事から距離をおいてみると、別の気持ちの良さがあることが理解できた。

客観的に見ると、仕事をしてるからといってエラソーにしていて嫌なヤツから、仕事もせずダラダラしていて嫌なヤツになった。一応、仕事はあるのだが、忙しくはなく、会社では読書をして過ごす時間が長い。

私が主体的に動かなくなった分、他の人が相談相手となる。そういう状態になると、嫉妬の気持ちが出たりするもので、私も最初はあったが、本を読んで過ごすうちに、本を読んでいるほうが、生産的でない作戦を練ったりするよりもはるかに楽しいので、全く気にならなくなった。会社内隠遁というか、出家というか。本当にいい環境だ。

最近、中島義道著の「人生を<半分>降りる」を読んだこともあり、自分の時間を大切にしようと思った。とりあえず、今、自分が本当に何がしたいか無性に知りたい。それを知るために本を読んでいるのだが、何冊も読んでいるうちに、断片的な情報が少しずつつながり、視界が開けてくる感じがして気持ちがいい。

この気持ちのよさは質の良い気持ちの良さだ。仕事の場合、結局は誰かを蹴落とすことで獲得できる気持ち良さで、勝ったら自己嫌悪だし、負けたらルサンチマンが生じる。何かを知るという気持ち良さは誰も傷つけることがないので、負い目がない。しかも、知ろうと必死に考えていれば、自分なりにわかったような錯覚を得ることは必ずできるから、自分が傷つくこともない。また、それが錯覚だった、と気づくとそれはそれで快感だったりする。

故池田晶子氏は「14歳の君へ」で<考えない人間は死の不安だけは知っているから不幸だ>と言っている。逆に言えば、考える人間は幸福だということだ。死や人生の意味などについて考えることが気持ちのいいことだということが少しだけわかった気がする。

以下、「14歳の君へ」より引用。

 しかし、不思議を不思議と知り、なおそれはどういうことかと考えることを知っている君は、飽きるということを知らない。だって、宇宙が、自分が、存在するということにおしまいがないというのに、そのことについて考えることにどうしておしまいがあるんだろう! 君は、一生涯、この楽しみを追ってゆくことができるんだ。これは、人間として生まれたことの最大の特権だ。これを知らずに人生が終わってもいいものだろうか。
 考えれば考えるほど、謎は深まる。考えているのは、他でもない、この人生が存在するという謎だから、考えるほどに、人生は味わい深い、面白いものになってくる。どういうわけか生まれてきて、せっかく生きているのだから、この面白さを、めいっぱい楽しんでみたいと思わないか。大変だけれども、やり甲斐のあることだ。ひょっとしたら、それが、このわけのわからない人生が存在するということの、意味なのかもしれないよ。
タグ: 池田晶子
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2007/11/21 Wed

「国家の品格」

藤原正彦(著)
★★★   「欧米か!」のその先は
   
(2007/10/8)

国家の品格 (新潮新書)
大ベストセラー。2006年、書籍ベストセラーの首位。「品格」は2006年の流行語大賞。その後も多くの品格本が出ている。日本の美点をこれでもかと述べ、世界を席巻してしまった欧米と比較して卑下しがちな日本人の自信を取り戻してくれる気持ちの良さに加え、文章の論理を構成する材料と語り口が面白いことが、ウケルのだろう。

最終章の小見出し「口角泡飛ばさずとも…」がまとめだと思うので引用。

 第二章で論理の無力を説き、第四章で、それに代わるものとしての「情緒と形」について述べました。もののあわれなどの美しい情緒、そして武士道精神からくる慈愛、誠実、惻隠、名誉、卑怯を憎む、などの形です。現代を荒廃に追い込んでいる自由と平等より、日本人固有のこれら情緒や形の方が上位にあることを、日本を世界に示さねばなりません。自由、平等、市場原理主義といった教養は、共産主義がそうであったように、いかに立派そうな論理で着飾っていても、人間を本当に幸せにすることはできないからです。
 世界に示すには、世界に向かって口角泡飛ばすのではなく、まず日本人それぞれが情緒と形を身につけることです。それが国家の品格となります。品格の高い国に対して、世界は敬意を払い、必ずや真似をしようとします。それは、文明国が等しく苦悩している荒廃に対する、ほとんど唯一の解決策と私には思えるのです。

要するに、「論理と合理」に基づき人間の欲望に任せることを善しとする欧米的発想は破綻しつつあり、日本の伝統である「情緒と形」を日本人が身につけ、「国家の品格」世界に示すことが何より重要で、それが世界を救うことになるということ。

神が死に、地獄に落ちることもなくなった現代において、「死」の恐怖から救済してくれるいい物語を見つけにくくなっているが、「情緒と形」を世界に普及することが筆者の提案する物語なのだろう。だからまず、日本人をその気にさせようということで、こんな本を書いたのだろう。

私も日本人であり、単純だから、すぐ乗せられてしまった(忘れるのも早いが…)。私自身、欧米の真似をすることを自分の「救済の物語」にするのはいかがなものかと思っているので、「情緒と形」はともかくとしても、自分がこれまで育ってきた文化や自然環境、そして言葉が自分の根本であること見失わないようにしようと思った。

そんなことを考えていたら、タカアンドトシの「欧米か!」のギャグは自分の考えにあっていることに気づいた。そうか、あれは「論理と合理」の限界を指摘するギャグだったんだなぁ。タカトシにはその先のギャグを期待したい。
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2007/11/20 Tue

視野が狭い?

先般発注していたフレームが届いたので、レンズ調整するために眼鏡店を訪問。40分くらい検査した結果、案の定、視力が低下していたことが判明。確かに今のレンズだと、遠くがぼやけるのだが、日常生活では近くを見ることしかないので、不自由がない。

ということを考えていると視野が狭くなっているのではないか、という気がしてきた。もっと視野を広くする努力をしたほうが良いかも。物理的に視野を広げようとすると、考え方の視野も広がるような気がする。気のせいかも知れないけど…。

眼鏡の完成は連休明け。値段はやはり高め。使っているとどうしてもレンズに傷がつくため、今回はコーティングをしたレンズを発注したせいもある。これで10年は買い換えなくても良いとうれしいのだが。今使っている眼鏡のフレームは頑丈なので、レンズを換えて、自宅用に使うつもり。ひょっとしたら、もうフレームを買わなくてもいいかも。

一方、体調は良くない。セキが多く出るようになってきた。何しろ今週は泊まりがけでディズニーランドに行かないとならない。倒れたら大ひんしゅくだ。気をつけないと。
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2007/11/20 Tue

「イヤならやめろ!」

堀場雅夫(著)
★★★★  こんな経営者のいる組織で働きたい

(2007/10/5)

イヤならやめろ!―社員と会社の新しい関係 (日経ビジネス人文庫)
元祖学生ベンチャーの堀場製作所の創業者、堀場雅夫氏の経営哲学、人生哲学を綴った本。元の文章は社内報。タイトルが以前から気になっていた。「イヤならやめろ!」というのは、私の考えと同じ。不遜にも、2年ほど前、年齢が下の人にも言ったことがある。

一人ひとりがおもしろおかしく生きる場が会社である、ということに尽きる。働くことに対する現時点での私の理想に近い考え方。こんな経営者のもとで働ける人はうらやましい。しかし、個人で実践できることもある。組織が悪いといっても仕方がないので、自分で考えて「おもしろおかしく」生きればよい。そんな気持ちになれる本。

以下、本文より引用。

・生きている間、しかも元気な間に、その人が50兆分の1の確率でこの世に生を受けたことに対して「自分の人生は本当によかったな」と思えるように生きなかったらどうしようもありません。

・いちばん大事な年代の、いちばん大事な時間を過ごしているその場において、やはり生きがい、働きがいのある人生を送るということには絶対的な価値があると思うのです。

・企業が人がおもしろおかしく生きていける場を提供することが大切であると同時に、企業そのものがおもしろおかしい体質を持っていなければいけないのです。

・「おもしろおかしく」は自分にあると思います。

・人間というのは結構わがままですが、それをわがままだからけしからんと言わずに、わがままなのが人間なのだから、そのわがままを通す。わがままをちゃんと受けて立てるだけの組織があり、上司がいないとなかなか「おもしろおかしく」は実現できません。

・いかにその人がその仕事に興味を持つようにさせるかについて上司は努力すべきだと思います。

・(「おもしろおかしく」やっている人は)自分で全部取り込んできているのです。価値観に合う仕事を取り込んで、合わないものは、うまいこと言ってはじき出して、結局、自分の好きなようにしています。

・上司という立場になったら、一歩乗り越えて、今度は自分より能力のある人間をたくさん抱え、それをコーディネートすることで、素晴らしい結果を出してもらうように演出家に徹するべきでしょう。

・自分の立場にいつまでも固執していることを正当化することはできないのです。会社にとって、あまりにもマイナスが大きいからです。いずれ本人自身の成長が止まってしまい、それと同時に部下の成長も止まってしまいます。つまりその会社も成長がないということなのです。

・有意義な時間をどれだけ持てたかということが、その人のほんとうの意味の寿命なのです。

・どんなときでも、極限にきて、何か次の打開策を講じようとしたら、道はおのずと開けるということです。

・一番大切なのは、一人ひとりが自分の「おもしろおかしく」を見つけ、人に何を言われようと、それにこだわり続けることなのだと思います。


最初と最後の言葉は絶対に忘れないようにしたい。
タグ: 書評
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2007/11/19 Mon

寒い

いいお天気だったが、風が強く、すごく寒い。もう冬だ。30代の前半まではコートなしで過ごした冬もあったが、今は絶対無理。急遽、コートを引っ張りだし、着て出勤した。ただ、まだコートの人はあまり多くない。どうも寒がりの先頭を走っているようだ。

会社では年下の人にちょっと意見。とはいっても人を指導・育成する立場ではないので、自分の人生は自分で決めて欲しい、というようなことを言っただけ。余計なお世話かもしれないが、私自身のためであり、言わざるを得ないという衝動に突き動かされてしまった。

年下の人とは帰り際に話をしたのだが、自分のいやらしさに恥ずかしくなったので、さっさと会社を出た。会社を出ると小雨が降っていて寒い。寒いなあ、と思って気がついた。コートを忘れてしまった。明日寒くないことを祈ろう。
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2007/11/18 Sun

「愚直に実行せよ!」

中谷巌(著)
★★★   日本を知るための雑学の本として読ませる

(2007/10/3)

愚直に実行せよ! 人と組織を動かすリーダー論
「愚直」という言葉にはまり、思わず購入してしまった1冊。「『愚直』論」同様、タイトルはいかがなものかと思ったが、意外に面白かった。リーダー論なのだが、リーダーのたしなみとして知っておくべき「日本論」の解説、その他さまざまな雑学を面白く読める。読んで損はないと思う。

ただ、こんな本を読んでリーダーになろうと思っているような人はそもそもリーダーたり得ないような気がする。人がついてくるかどうかなんて、突き詰めれば、その人の魅力にすぎない。自分の考えをしっかり持ち、「それぞれのやり方でやせてもかれても鳴き続ける」カッコイイ人に、人は魅力を感じ、ついていくのではないだろうか。こういうハウツー本を読んだからといって、カッコイイ人になれるわけではない。「それぞれのやり方」に普遍性はない。

以下、身も蓋もない筆者の結論。本文の一番最後に登場。

 つまり、リーダーとは命令によって人を動かす人ではなく、「身をもって示す」ことによって、それを見ていた人々の考え方や行動を大きく揺り動かす人である。したがって、気がついてみると多くの支持者がリーダーについて来るようになっている。リーダーとは人に「ついてこい」という存在ではなく、「身をもって示すことによって」いつの間にか人がついてくる、そういう人間なのである。
 リーダーは自分でリーダーになろうと思ってそうなるのではなく、身をもって示してるうちにいつの間にか他人によってリーダーにさせられてしまう、そういう存在なのである。そういう状況が生まれてくると、それがさらにリーダーにエネルギーを与え、身をもって示す行動に拍車がかかり、ますます支持者が増えていく。リーダーと支持者がだんだんと一体化し、互いにより大きな行動へと輪が広がっていく。
 リーダーが変革を起こす者であるとすれば、こういうリーダーと支持者の一体化こそ、変革を成功させる最終的な条件になるのであろう。


こうして読むと、リーダーってやなヤツだね。特に<そういう状況が生まれてくると、それがさらにリーダーにエネルギーを与え、身をもって示す行動に拍車がかかり、ますます支持者が増えていく>というところはバカ丸出しという感じがする。

私のイメージするリーダーとは、自分がしたいことを徹底的にしていたら、たまたま他の人に認められてしまい、リーダーになってしまったような人だ。リーダーになってしまった人は、リーダーになったことで、支持者からエネルギーを与えてもらうどころか、戸惑いを感じ、嫌悪感を抱きながらも自分自身に対しての誠実さを裏切らないためだけに、仕方なくリーダーを続けるだけなのではないだろうか。

会社をしょってたつ、日本をしょってたつ、なんて考えは欺瞞だ。結局は自分の欲望を満足させているだけであることを忘れてはいけない、と思う。
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2007/11/18 Sun

出費が…

連日の休日出勤で、小さな講演用のレジメを完成する。せっかくのいい天気なのに、娘と遊ぶことができずに残念。来週、休みをとってディズニーランドに行くのでその分だ、と納得させる。

ディズニーランドもそうだが、このところ七五三だの、冬物の購入だどで出費がかさんでいる。そのうえ今日は娘の電子ピアノが届いてしまった。追い討ちをかけるように、以前注文していたメガネのフレームが届いたから来てくれとのメッセージが留守番電話に入っていた。

これでまた、多額の資金が流出してしまう。お金は使うためにあるものだが、それほど潤沢に持っているわけではないので、出て行くと心細くなる。

それでも「趣味は読書」生活になってから、それほどお金が欲しいとも思わなくなった。本を読む時間が多くなり、物欲が以前よりも小さくなった気がする。経済的でなりよりだ。
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2007/11/18 Sun

CHAYA

CHAYA東京・八重洲地下街にあるスパゲッティ専門店。カウンター席の内側で調理するラーメン店のようなスタイルで、ゆでたての生めんが特徴。モチモチした麺はソースにねっとりからみ、おいしい。平日の昼時は近所の会社員でいつも行列。私は休みの日にしか言ったことがないが、休日でも昼時は比較的席が埋まっている。八重洲地下街の中でも人気店のひとつではないか、と思う。

サンマルク系列の「鎌倉パスタ」が生めんをウリにしているが、モチモチ感の強いCHAYAの方が私は好き。ただ、この麺はソースとよくからむので、個人的に好きなペペロンチーノはちょっとつらい。オリーブオイルで炒めた麺に細かい輪切りの唐辛子と揚げたニンニクをトッピングするだけなのだが、さすがに味が単調で、最後のほうになってくると飽きてくる。

定番はナスとベーコンのトマト味(このお店の用語では「ナスベト」と言うらしい)だと思うが、このお店で食べるならソースの味がしっかりしたものの方が良い気がする。麺を食べるというよりは、ソースが主役のスパゲッティだろう。

パートと思われるおばさん店員のサービスがイマイチだと思っていたが、最近行った際のお兄さん店員は普通に良かった。すぐそばにあったこじゃれた系の姉妹店「CHAYA2」がいつの間にか閉店したが、CHAYAには頑張ってもらいたい。

独断と偏見による評価(★5つが満点)
大好き度 ★★★★
訪問頻度 3回
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2007/11/18 Sun

「『愚直』論」

樋口泰行(著)
★★    タイトルが疑問な成功譚

(2007/9/25)

「愚直」論  私はこうして社長になった
仕事で少しばかりうまくことが運び、そのせいで「愚直」という言葉にひかれ、アマゾンで「愚直」を検索したらヒットし、買ってしまった本。仕事でうまくいったことで「愚直に行動することが一番」と考えたことは、今にして思えば、愚かなことだった。「愚直」とは人から見たら「バカだなあ。愚かだなあ」と思うような自分の信念を貫く代わりに、報われたり、人に認められることを期待するような言葉ではないような気がする。

この本は「愚直」論とは言うが、要するに成功譚であり、仕事第一主義の筆者が自らの体験と感想を述べている。あえて言えばリーダー論。筆者の勉強ぶり、仕事ぶりはすごいなぁと素直に思うし、サラリーマンとして共感できる部分もないわけではないが、面白みは全く感じない。

「愚直」論というからには、「愚直にやっていたら、本当にたまたま成功した。愚直とは本来、成功には縁遠いものだ」とか、「愚直にやってきたが、社会にはまったく認められなかった。しかし自分の人生には誇りを持っている」という内容のほうが琴線に触れたと思う。この本が数多あるリーダー論にふさわしいタイトルなら買うことはなかっただろうから、このタイトルはいやらしいのではないか、という気がする。サブタイトルが「私はこうして社長になった」だから気づかない自分が愚かなのだが…。

気になるのは、筆者は自分のことしか書いておらず、家族とか職場の軋轢とか人間関係の機微がほとんど伝わってこないこと。こんなモーレツな人を周囲はどう思うのだろう。わき目もふらず、仕事だけに打ち込んだとしたら、我が家ではいっぺんに居場所がなくなってしまう。家族はどう思っているのだろう。お父さんが成功して、金銭的に豊かになればそれでいいのだろうか。思う存分、自分の好きなことをしているように思える筆者は本当に幸せな人だと思う。

筆者が言いたいことは「どんな環境下(厳しいほど良い)でも必死に頑張れば、達成感や充実感を得ることができ、人生を悔いなく生きることができる」ということだと思う。ただ、必死で頑張ったとしても失敗して悔いが残ることがあると思う。その時は「愚直」に夢を追い求めるのではなく、自分の能力を見極め、夢を修正することが必要なのではないか。多くの人にとっては愚直の結果失敗し、それでも悔いのない人生を送ってきた人の話を方が参考になる気がする。
タグ: 愚直 書評
posted by K2 at 01:27 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007/11/17 Sat

白い鼻毛

この頃白髪が増えてきた。年だから仕方ないと思っていたが、休日に無精ひげを伸ばすと白いひげがあることに気づいた。年だから仕方ないと思っていたが、白い鼻毛を発見した。鼻毛も白くなるんだなぁ。最近、運が良ければ年をとって死ぬんだなぁ、と実感する。もう、いつ死んでもいいように、1日、1日を大切に生きることを良く自覚しなければならない年なんだなぁ。

体調は昨日に比べれば良い。昨日、まったく仕事ができなかった分、今日はそこそこはかどった。月曜日の朝には提出しないといけないのに、エンジンがかかるのが遅い。何故、いつも切羽詰らないと仕事ができないのだろう。自制心のなさが自分の敗因だとわかっているが、わかっても直らないのは、能力がないからだろう。

仕事中、鼻が詰まるのが気になるので点鼻薬を買いに八重洲地下街に出かけた。するとスパゲッティのお店「CHAYA2」があったところに、富士見焼きそばのお店ができる模様。CHAYA2はCHAYAの向かいにあったお店で、CHAYAをちょっとオシャレにした感じだった。ダブり感があったから、利用者としては良かったかも。そのうち焼きそばのお店にも行ってみよう。
posted by K2 at 22:41 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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