2007/04/30 Mon

金魚が死んだふり?――実は「転覆病」

金魚の水槽の水を換えた。通常は日曜日ごとに交換しているが、連休をいいことに1日延ばした。昨年の夏に娘の強い要望で飼い始めたのだが、水の交換はもっぱら父である自分の役目。面倒くさいなぁ、と思っていても長いこと飼っていると、だんだん愛情がわいてくる。

15リットルと小さい水槽なので、飼っている金魚は2匹。1匹は娘がお祭りで取ってきたもの。もう1匹はペットショップで購入したもの。このうち、ペットショップで購入した金魚がひっくり返って、プカプカ浮いている状態になることがある。しばらくすると普通に動くので、人間の目から見ると「死んだふり」をしているように見える。

どういうときに「死んだふり」(あるいはそのように見える)のかというと、エサを与えた後だ。2匹の金魚の力関係はどういうわけか、お祭りで取ってきた方が強い。エサを与えると、お祭り金魚がペットショップの金魚を追い掛け回して攻撃する。体が小さかったころは、ペットショップの金魚は逃げ切れていた。しかし、体が大きくなってくると、水槽のガラスにぶつかったりする。このため、逃げるのをやめて死んだふりをすることで、身を守っている、と自分には思われた。実際、ひっくりかえってプカプカしているペットショップの金魚をお祭りの金魚は攻撃しない。

などと、考えていたのは自分の勝手な思い込みのようで、インターネットで調べてみると、実は「転覆病」という病気のようだ。確かにペットショップの金魚の方がエサの食いつきがよく丸々と太っている。追い掛け回されることでストレスもたまりそう。妻によると夜中でもひっくり返って、プカプカしていることがあるらしい。治療には25℃くらいの水温で、1週間くらい絶食するとあるが、根本的な治療法は見つかっていないらしい。

よく調べもせず、勝手に思い込んでいた自分が恥ずかしい。罪滅ぼしに、とりあえず、ペットショップで治療用の水槽とヒーターとポンプを調達するか…。
タグ:金魚
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2007/04/29 Sun

パン焼き機

どういう風の吹き回しか、妻が今朝、パンを焼いた。彼女の強い要望により、今年1月にパン焼き機を購入したのだが、この間利用したのはたったの2回。最初の1回は無理矢理焼いてもらったものだった。

パン焼き機があれば、安全で、安くて、おいしいパンが食べられる、とメーカー宣伝文句のようなことを言う妻との夫婦関係を考慮して、しぶしぶ購入に踏み切った。とはいえ、買った以上、フル活用してもらいたいのが人情。こんなに放っておかれては、もったいない。

しかし、自分のパン焼き機への関心は最初の1回で大きく後退した。パン焼き機で作った焼きたてのパンが美味くなかったからだ。店で買ってきた方がよほど美味い。もったいなかったなぁ、と思いつつ、我慢して美味くないパンを食べるのは苦痛なので、「パン焼き機、お蔵入りやむなし」だった。

ところが、今日のパンは抜群に美味かった。パン生地はモチモチした食感で、耳は硬すぎず、パリパリ。軽くトーストすると、甘みが増す感じ。つい、食べ過ぎてしまった。妻によれば、「材料が違う」とのこと。あたりまえといえばあたりまえだが、米と違って、普段小麦粉の種類など意識したことがないから、自分としては盲点だった。

我が家のパン焼き機は鳥取三洋電機の「米粉ベーカーリー」。パン職人手こね工程を忠実に再現したのが特徴といい、通販生活のピカイチに選ばれたシロモノ。こねの工程にこだわっているためか、他社メーカーのパン焼き機より大きく、これが他社製品なら餅がつくれそうなくらい。

期待が大きかっただけに、最初食べたときは正直、ガッカリだった。パンが米ほど食文化に根付いていない日本では、パン焼き機の性能だけでなく、お勧めの小麦粉など、素人向けの簡単な食材情報を提供してもらえると、その会社の信用が上がり、売り上げも伸びそうな気がする。
タグ:通販生活
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2007/04/28 Sat

サイクルベース あさひ

補助輪が取れ、前の自転車もかなり小さくなったことから、娘(20インチ)の新しい自転車を購入した。購入したこの店。気になる。

だいぶ前に自動車を運転中に偶然、見つけた店で、かなり大きそうな感じだったから、あわててカーナビの地図に場所を登録しておいた。この段階では、店の名前も知らなかった。

行ってみたら大アタリ。「サイクルベースあさひ」という店で、売り場が広く、とにかく品揃えが豊富。近所のホームセンターやちょっとした自転車専門店とはケタ違い。「混雑時は順番に案内するから、名前を書いて待ってくれ」というファミレスみたいなシステム。ありそうでなかった、自転車専門の大型チェーン店のようだ。

自社ブランドの商品も販売しており、店員さんが真っ先に進めたのがその商品。「これがいい」と直感で決めた娘に、他の自転車も見るように促したが、3分もかからず、事実上即決。

しかしこれが、大人が気に入りそうなデザインで、大人向けの自転車をそのまま小さくしたような感じ。妻も同じデザインの自転車で一緒に乗りたい、と言っていた。

従来、自転車を探すのは面倒くさかった。品揃えの豊富な店が極めて少ない(自分近所ではここぐらい)なので、ちょっと見て、気に入らないと別の店に行かなければならない。1年前に新しい自転車を購入しようと思って探したことがあったが、いいものがなくあきらめた。

この店舗を展開する会社は大阪発祥で、東証2部上場。上場会社としては、まだ規模は小さいが、経営理念に偽りがなければ、伸びる余地が大きい会社だと思う。

近所で「くら寿司」を展開する会社にも注目しているが、この会社も大阪(堺市本社)が発祥。関西の人は商売のセンスが優れているのかなぁ、と感じる。
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2007/04/27 Fri

怒らず、受け容れる

組織の体を成していない出来事が発覚したが、腹が立たなかった。あきらめたというより、受け入れた感じ。私の教科書には「すべてをそのまま受け容れる。そういう心が、不幸でない幸福な心だ」とある。少しは幸福な心に近づいただろうか。

「何のために働くのか」(北尾吉孝)を読了。良書であり、サラリーマンの自分には教科書の副読本として最適。「仕事即ち修行」「仕事とは人生そのもの」。人は世のため人のため、自分の心を幸福にするために働くのだ。世の中につまらない仕事などない。というより、つまらないかどうかは自分次第。仮に転職する場合は、会社に不満があるかどうかではなく、今の仕事より自分が世のため人のために力を発揮できるか、自分をより高めることができるか、自分の心をより幸福にできるか、を基準にしようと思う。

ところで今日、自分の仕事について、社外の人の評価を聞きに行った。株式会社でありながら収益に結びつかない仕事ということもあって、便益を受けているその人たちは「信頼感がある」「(その仕事が)ないと困る」など、持ち上げてくれた。もちろんお世辞であることはわかっている。それはお金を払う気がないことから明らかだ。しかし、これは本当に必要な仕事であると確信しており、正しい方法で取り組んでいるわが社はいずれ利益を獲得できる、と信じて疑わない。問題は継続できるかだ。経営者は目先の利益にとらわれてはいけない。
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2007/04/26 Thu

「偉くなりたい」高校生8%

今日の新聞に日本青少年研究所というところの調査で、「偉くなりたい」と「強くそう思う」日本の高校生が8%だった、という記事が載っていた。他国はアメリカ22%、韓国23%、中国34%だから、かなり低い。

「偉くなりたいか」という聞き方は他人を蹴落とすようなイメージもあり、日本人が積極的に「はい」と言いにくい気もするけど、それにしても少なすぎる気がする。パレートの法則に則れば、20%程度のアメリカや韓国が妥当な水準で、中国はちょっと高い印象。中国は人生の目標が「お金もちになる」が一番というのも、幼さを感じる。

一方、生活意識で日本のトップの回答が「暮らしていける収入があればのんびりと暮らしていきたい」というのは力が抜ける。今のお年寄りの方が、よほど元気なような気がする。

でも、高校生の意欲が低下しているのは、大人に魅力がないからなのだろう、きっと。「疲れた」の連発を聞いたり、憂さ晴らしし過ぎて、ベロベロに酔っ払った姿を見たりしていたら、「頑張ってもいいことなさそう」と自分だったら思うだろう。結局、人を嘆くより、自分がなんとかなるしかない、ということみたい。
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2007/04/25 Wed

「14歳の君へ」

今月はすごくヒマだ。昨年7月からメチャクチャ忙しい状態が続き、先月は残業時間が150時間を超えたというのに、今月はゼロ。しかも有給休暇を1日消化した。先々忙しさを予感させる予定はないが、人の流出で一気に状況が変わる可能性が高いので、油断は禁物だ。

ヒマだから、なのだが、最近、本をよく読むようになった。今日読了したのは「14歳の君へ」(池田晶子)。この筆者の本は初めて読んだが、シビレた。もう、オジサンで14歳の時の記憶もおぼろげだが、自分にとって人生の教科書というべき一冊になった。これまでなんとなく思っていたこと、良くわからずモヤモヤしていたことの答えがビシビシとはっきりと、潔く書いてある。個人的には、もう少し寛容になるべきだ、そうすれば自分の心も穏やかになる、と納得できたことが大きい。あとがきで「受験の役には立ちませんが、人生の役には必ず立ちます」と断言しているところが、またカッコいい。今年2月、ガンにより46歳で亡くなったが、本当に残念だ。

そういえばDという会社がある会社に提案書を送ったという。緊張感のない経営はいかがなものか、と思うが、いくら資本主義とはいえ、利ざや稼ぎを狙った欧米流のマネーゲームはまったく好きになれない。昨年から続いた激務を経て、「困難にひるまず、愚直に、やましい事を考えず、一生懸命仕事をするのが、強いし、なにより気持ちがいい」と考えるようになっていたが、「幸福をお金で買うことだけは絶対にできない」と断じる上記の”教科書”によって、その考えをますます強くした。

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